東京木材問屋協同組合


文苑 随想

お気に入り温泉シリーズ No.7


(混浴編)No.3 「式根島」の温泉(露天風呂)

湯屋 行平



 式根島,足付漁港のすぐ近くに松ケ下雅湯温泉がある。この天然露天風呂はかなり広くて,風呂が3つあるが,すべて混浴である。ただし,水着着用になっていた。この温泉は硫化鉄泉で茶褐色,鉄分が酸化して土色に変わる,秋田の不老不死温泉に似ている。
  日本百景にも選ばれている松の緑がすばらしいこの海岸で,露天風呂に入り,天下の景色を見ながら,打ちよせる波の音を聞き,鴎が飛び交う,又,短い夏をおもいきり楽しんでいる蝉の大合唱,こんな風景を想像していただこう。
  うまく説明できないが,こんな風景の場所で今夜は裸の「月見酒」となった。
  式根島には,人口約580人,今夜は約600人ぐらいの入島でしょう,と村人の話。まだまだ少ない観光客である。
  満月とはいかないが,まずまずの月の出であった,水着にはちょっと不満はあるが,この環境で「月見酒」とは最高の贅沢といえるだろう。今,男15人女性13人の入浴中である。中には女性1人客もいた。
  我々の前に外人がペアーで通りかかった。酒を勧めたら,気楽に受けてくれた。背の高い美男美女である。誰かが夫婦かとやぼな質問をした。しばらくしてから笑いながら,“はい”と言う。国名と職業を尋ねたら,ファッションの仕事でフランスから来たと話す。皆んなも納得する。
  そこで,日仏での「乾盃」で国際交流である。フランスでは,乾盃のことを何んと言うかと尋ねたら,「チンチン」と言う。一同大笑い。何んで笑ったのか,勿論2人には分からない。しばらく交流してから,皆で「チンチン」をしてお別れである。
  式根島について少々説明しておくと,この島は東京から171キロメートル,新島の南西に約4キロメートルにある島である。

地鉈温泉。カラーでないのが残念だが,真茶色の温泉と海水が対象的である。

  昔は新島と陸続きだったのが,元禄の大地震と津波で切り離されたと伝えられ,面積は3.9平方キロメートル,前にも記したが,人口は約580人,東京諸島中,最も平らな島で,一番高い所で99m,中央から東は50m以下,起伏がゆるやかで海岸線は入江が多く,典型的なリアス式海岸で,“白砂青松”の美しい自然は「式根松島」と呼ばれる,と記されている。確かに,東北の松島によく似た所が多くあって,松が多く大変美しい。
  昔は「泊まり島」の名があって,江戸・霊岸島を出た五百石の流人船が三宅島や八丈島への途中,“風待ち”のため泊港に入港した記録もある,と記されている。
  別記に式根島の地図も記すが,野伏港付近の吹え江遺跡から縄文中期とみられる土器が出土していると言うから,大昔から人間が住んでいたことになる。
  式根島は元禄初期(1690年頃)までは幕府に納める「上納塩」をつくっていた「釜方36人衆」が住んでいたと記されているが,新島へ引き揚げて一時無人島になったと言う。しかし,明治22年(1889年),再び新島から移住,開島したとあり,釜の下海岸から少し登った所に開島記念碑を見ることが出来た。

松ヶ下雅湯温泉。漁船に港と,リアス式海岸を見ながら「月見酒」の場所である。ここもカラーでないのが残念だが,濃い真茶色であった。

  海岸線は海食断崖が多く,とあるが,海の水が岩を食った岸壁のことで,先に記したようにリアス式海岸で景色がすばらしい。
  島の南側,文頭に記したが,足付温泉,松ケ下雅湯温泉,又,すぐ近くに,もちろん歩いて行ける所に地鉈温泉がある。
  すべて波打ち際の岩の間から湧く温泉で,名湯として知られていると言う。
  人口約580人の島に民宿約50軒,旅館5軒,貸別荘1軒,プチホテル1軒,約2000人が宿泊できると言うから,完全に観光で食ってる島である。
  島には小学校・中学校の立派な建物もあるが生徒数は,わずか小中合わせて37人であり,島にはおまわりさんも1人いるだけと言う。島の整備はかなり進んでいて大変きれいである。東京都の税金はかなり投入されていると思われる。
  松ヶ下雅温泉のすぐ近くに式根島港が建設され立派な港が出来ているが,ほとんど使用されず,時々,ジャリ船が来るくらいと言う。又客船待合所もかなり立派な建物だがカギがかかったままで錆ついていた。
  裏面を覗くとキリもないので,本文にもどして,温泉場をもう少し説明すると,

式根島の漁港。天草が干されている。これが寒天の材料,見事であった。

地鉈(じなた)温泉
  大地をナタで割ったような断崖の下にある温泉なので,この名が付けられたらしい。この岩の上からかなり下った所に温泉はあり,海中の岩の間から温泉は湧いている。潮の干満で温度を調節しながら入浴することになるが,かなり熱い。真茶色で勿論,底は見えない。硫化鉄泉,不老不死温泉よりまだ茶色が濃い。

足付温泉
  足付海岸の岩の間から湧く炭酸泉,切り傷に即効ありと言われる,とあり,海の水と同じ色である。ここも高温であり,海水待ちであった。

リアス式海岸。松の木が見事。白砂青松「式根松島」の風景である。

文頭の松ケ下雅湯温泉
  ここの温泉が一番設備が整っており,わき温泉をしきり,一般的に言う日本的な露天風呂と言える風呂である。3ヶ所あり,シャワーや男女の着替え室もあって,漁船や港も見えて風光明媚である。今の皇太子殿下のご結婚を記念し妃殿下・雅子様の「雅」を頂いたと伝えられている。「月見酒」の場所である。
  ここだけは明りもあって,夢の24時間露天風呂であった。

マイマンズ井戸
  マイマンズ(かたつむり)井戸と呼ばれる大井戸は水汲みに,螺旋状に下りる。下の方に湧き水があり昔,島人の水,命の水であった。山が低く,川がないため,島人の水は大変貴重であった。今は全部,水と電気は新島より海底を通して,供給されている。
  島には東要寺と言う寺が1寺ある。新島本村の長栄寺が江戸時代の正徳4年(1714年),式根島に東要坊を開き,後に東要寺となった,と記されているが,残念ながら行けなかった。近くにイヌマキの大木とナギの自生地があり北限地と言う,共に東京都天然記念物となっている。
  新島にも行ったので,いずれ流人の島・新島の長栄寺についても詳しく説明したいと思っている。

式根島行きの船便
大型客船

東京(竹芝)〜大島〜利島〜新島〜式根島〜神津島航路(各島便)
(さるびあ丸,4,985t,我々が行った時の竹芝乗船時の船客は1332人)
東京(竹芝)   夜 11:00出船
 |      |
大島   朝 5:10
 |      |
利島   〃 6:40
 |      |
新島     7:40
 |      |
式根島     8:10(東京より9時間10分)
 |      |
神津島     9:10

(ジェット船は,3時間ぐらいで行く事も出来る)

式根島の地図

 

平成17年7月24日記
 



前のページに戻る

Copyright (C) Tokyo Mokuzai Tonya Kyoudou Kumiai 2005