東京木材問屋協同組合


文苑 随想

見たり,聞いたり,探ったり No.71

(キャバレー)
銀座「白いばら」の経営哲学

青木行雄


 「菊薫る美しい秋の日でございます。
  “白いばら”は創立より55年を経ております。それは戦前の昭和6年から,昭和18年頃までの間,カフェ“麗園”・一卓3圓の,カフェ“ミス親類”・カフェ“第一銀座”・カフェ“ニュータイガー”と,店名こそ変わりましたが,戦前カフェとしてその名を馳せておりました。特に“ニュータイガー”は,永井荷風の小説にも出てまいります。
  表通りの“タイガー黒猫”の閉店いたしました時の女給さんを全員お引き受けして発足いたしましたカフェで,昭和26年まで続きました。その歴史ある“白いばら”が昔を想い出し企画いたしました,『懐かしのカフェ祭り』を是非お味わい下さいませ。
  昭和二桁の若いお客様方にも古くて新らしい催しをお楽しみ下さいませ。

 この案内文は1986年(昭和61年)今から20年前にこの“白いばら”が,「懐かしのカフェ祭り」としてお客宛に出した案内状である。
  文面の中にも昭和6年の創業から簡単な変遷が記されているが,1931年の創業から数えて見ると今年で何んと75年にもなる。この長きに亘る時代をこの道一筋に継続している努力は「継続は力なり」と言うことわざもあるが,大変な努力の連続だったと思い,状況も調べて取り上げて見た。
  そして,体験し,一部の方々を御案内した次第である。

 銀座は,古いものと新らしいものが混在しながら成り立っている街だと言えるかも知れない。伝統と格式,銀座4丁目の交差点に行くと4角の建物を見てもわかるように,最新のスタイルと旧式のスタイルとが混沌とした中に共存している。むしろそれが,ひとつの調和のとれた強烈なパワーとなって,最近,世界ブランドのビルが建設され多くのブランド品が進出したが,そのパワーが新しい文化を生む源かも知れないと思う。
  又そんなパワーを生む信源が75年も継続している「白いばら」も一役かっているのではと考えてみた。
  場所は銀座松屋デパートの前の,三井住友銀行の裏通りで,「白いバラ」の大きなブルーの看板がすぐ目に入る。
  壁には,大きな日本地図が描かれていて,各都道府県別に在籍している,ホステスの名前が刻まれている。
  全国の若い女性を集めているので,自分の郷里の女の子を指名するとその地域の言葉で話ができて心が安らぐのではないかと,支配人は話した。
  その数在籍ホステス約230人,平日は常時130名,金曜日は160名以上の全国の若い女の子が出勤しフロアーに出ると言う,1階と2階の2フロアーに83卓200席を用意,床は,市松模様,そして赤のビロード風のソファーと電飾に飾った店内はとても豪華と言う感じである。
  1階には夜8時と10時にプロのダンサーによる本格的ダンスショーを行うステージが設けられている。
  昼間,企業の研修会や表彰式でフロアーを使用したり,夜そのままお遊びの時間に流れ込む100名〜200名の会社や団体もあると言う。私もこの研修会に参加した1人であるが,この時ここの総支配人山崎専務より,水商売のキャバレーが継続している極意や苦労話の講演を受け感動した。

 特に社会の違う人達からの交渉は人に言えない苦労があったようで,地ベタにすわり,死を覚悟の交渉。頭を地につけた事は数知れないと話す。又,ゆすり,たかり,脅迫,以前は日常茶飯事だったこともあると言う,それに経営については,時代と共に変化するお客の心理をつかみ,どうしたら来てくれるか,喜こんでもらえるか,人の心のつかみ方は,何の商売も同じ事だが,特に水商売の難しさを,とくとくと話した研修会であった。言うなれば,水商売の哲学である。

 研修会が終って,遊びの時間に入る,その時の様子もついでに記しておこう。

 来客の約半分は熟年であったように思う。フロアーを見渡すと,歓迎会であろうか,10〜15名のグループや,地方から来たのか,方言まじりで話す客,2〜3人で来て,おなじみの女の子を指名する客,中には1人で来て,女の子と楽しく話している客など,いろいろだが,私が帰る頃はだいたい満席になっていた。

 夜の8時になった,ショータイムの時間である。司会者から,マイクの声が大きく聞こえて来た。
  「イッツ,ア,ショータイム」
  ジャズが流れ,薄暗くライトアップされた店内の静かな雰囲気が突然破られた。生バンドのドラムが大きく響きわたる,店内はまばゆいばかりの照明がついて,アップテンポの音楽が流れ出した。超派手な衣装を付けた女性ダンサーが次々に登場,いよいよキャバレー名物のナイトショーの始まりである,昔のことを思い出しながらタイムスリップの気分である。ダンサーはサンバの衣装をつけて,おもいきりサンバを踊る,5回も着替えて踊るさまざまな踊りは,ピンクの全身タイツでの動きや,胸元まではじけそうな衣装とボディーなど,汗を吹き出しながら踊る成熟した活発な女性の動きに,しばし魅せられて時間を忘れた男性方も多いはずである。
  昔はこのダンサーへのおひねりも多く,一晩で100万円以上も使った客もいたと言う。
  昭和40年代のキャバレー全盛時代を経て,現在は銀座に残る唯一のキャバレーとなった。
  全盛時代には銀座だけでも10軒以上の大型キャバレーがあって,どの店もあふれかえる客がいて,外に行列が出来ていたこともあったと支配人は話す。

 冒頭の案内文の中にもあるが,カフェ時代が戦後昭和26年まで続き,その後にアルサロ「白いばら」の時代を経て,“大型キャバレー”に変身して行った「白いばら」。
  その時代はキャバレーといえば,全部,大型店舗の時代であった,この時代に,仕事をされていた人達は,キャバレーに1度や2度は経験があって,なつかしく思う人も多いと思う。
  この時代にキャバレーが銀座だけでも,前に記したが「オアシス・オブ・ギンザ」「メリーゴールド」「美松」…「クラウン」の前身だった「メイフラワー」などが10軒以上も軒を並べていたのである,しかし,これらの店は,東京オリンピックを境に,ほとんど衰退していって,その後,多くが姿を消してしまった。
  一時,時代を風靡した,キャバレー王銀座「ハリウッド」の経営者・福富太郎は有名でよくテレビ等に出ていた。また,神田から銀座へ進出してきた「うるわし」と言う店も有名であったように思う,行った事はないが,よく聞く名前であった。

 「白いばら」の支配人や記事で見たり聞いたりの話をもう少し記して見ると,ここ「白いばら」の先代の社長は広島県出身で同郷のヨシミの池田勇人元首相が現役時代によく来店,お気入りのホステスがいたとか。石原裕次郎,鶴田浩二,ハナ肇といった当時の大スター達もちょくちょく来たという。そういえば,裕次郎の映画には,キャバレーがつきもので,キャバレーの中で必ず,喧嘩が始まるシーンは良く見たものである。
  最近TVドラマになった,裕次郎のドラマのシーンもここで一部撮ったものもあるらしい。

 キャバレー全盛の時代には,私も先輩に何度か連れて行ってもらった事があったが,ペアーで風船を胸に挟んで割ったり,子供の三輪車で競争をしたり,なつかしい思い出もたくさんあった。
(そんな遊びが今でもやっている所に魅力があるのかも知れない。)

 だが,バブル崩壊後や,キャバクラ,風俗店の台頭や,カラオケ等の影響もあって,周辺のキャバレーは前に記したが軒並閉店していった。
  銀座に残る唯一のキャバレー「白いばら」は,生きのこりのために苦労も多かったようである。
  一例として,それまではセット料金を支払えば,何時間いても料金は変わらなかった。回転の悪さがますます売り上げを落していった。そこで,時間ごとに料金の積み上がる,“キャバクラ式”料金システムを導入した。そして明朗会計にし,時間によって差をつけた。それにより,若者も入りやすくなった。回転も良くなり利益も倍増した。このような改革も常に考え良い事は次々と変更し古きもので客にうけるものは残していった。そんなことが今日の盛況を続けている理由かも知れない。

 何も貰っているわけではないが,せっかくなので,ついでに料金システムまで記すことにしよう。
  ビール大瓶とおつまみがついて入場料,火〜金曜日9時までに帰ると6220円(税・サ込み)9時以降ラストまで10,170円(税・サ込み),3時間以上は,30分毎に2000円,土・日・月・祝は2時間7780円〜,4時間10,000円(税・サ込み),また本指名は,2200円,場内指名は1100?となる。
  早い時間だと食事がついて飲み放題セットがえらべる。

 業種は違ってもお客様のニーズに対応出来て,必要な時に必要な人・物が用意出来る,又外の改革,内部の改革は元より,時流に乗って変化に強く生残る為の方策を立てる,お客様に必要とされて,いつでも前向きに挑戦して行くことが大事な事であろうか。

キャバレー「白いばら」(17.12.9日)

銀座のキャバレー行って見た

  今につたえる この酒場

   若いホステス 200人

   昔なつかしい 競技もあって

  客の人気を 盛りあげる

   創業昭和6年で

  日本全国 女性を 雇い

   お国なまりの 話も出来る

   入社まもないホステスは

    胸に「白いばら」つけて

    客の指名を待っている

    一生続けて 75年

    ここが うわさの「白いばら」

   ここで 熟年 研修会
※電飾のフロアーにて歓談する,お客とホステス達,若い女の子,200名あまり。
※ショーの始まりである,プロのダンサーが2階より1階フロアーに下りる所。2階から生バンドのドラムが響く,約30分のショータイム。



 

平成18年1月9日
 

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