東京木材問屋協同組合


文苑 随想

時代を見つめて No.59


東京「台場」臨海副都心が揺れている

時見 青風

 豊洲から新交通「ゆりかもめ」に乗って約13分,東京テレポートセンター(TTC・江東区)の保有する「テレコムセンタービル」に着く。近くには,最近,少々有名になった,「大江戸温泉物語」と言う温泉もあるが,このテレコムセンタービルは情報通信会社を集積させる臨海副都心の「テレポート構想」の中心的役割を期待されたビルであった。台場に行くとかなり遠くからでもこの「ゲート型」のビルは大変目立つビルである。行って見ると分かるのだが,空室があるらしく,ビルの中は人が少ないなあーと言う感じであった。
 データーを見ると,オフィスとして賃貸する6万平方メートルの内28%はテナントが入室していないと言うから,約3分の1は賃貸収入はない訳だ。

 東京都の所管する臨海副都心の第3セクター3社,上記のテレコムセンターを持つ,「東京テレポートセンター」,「東京臨海副都心建設」,「竹芝地域開発」,が18年5月12日(金),民事再生法適用を申請し,倒産したのである。その負債総額は約3,800億円と記されている。
 この臨海3セクター3社の概要を記して見ると,
「東京テレポートセンター」
 設 立 1989年(平成1年)4月
 資本金 176億1,500万円
 主な出資者 東京都 51.6%,日本政策投資銀行 8.7%,KDDI 6.6%,
        みずほ銀行 5.0%
 2005年度決算時金融機関からの借入金残高 960億円
「東京臨海副都心建設」
 設 立 1988年(昭和63年)11月
 資本金 220億円
 主な出資者 東京都 52.0%,三菱東京UFJ銀行 5.1%,みずほ銀行 5.0%,
       三井住友銀行 4.1%
 2005年度決算時金融機関からの借入金残高 1,303億円
「竹芝地域開発」
 設 立 1987年(昭和62年)7月
 資本金 150億円
 主な出資者 東京都 50.5%,三菱東京UFJ銀行 7.1%,三井住友銀行 5.0%
       みずほコーポレート銀行 5.0%
 2005年度決算時金融機関からの借入金残高 1,092億円

 この3社は臨海副都心開発の牽引役として,設立年度でも分かるようにバブルの最盛期に設立されたが,冒頭の記事のように主力の賃貸ビル事業が低迷,2006年3月末に,1,400億円の債務超過に陥ったと言う。そして,新らしい再建のために,3社を民事再生法の申請をして,都は3社を合併させ,臨海関連の他の3セク4社と共に新設する持ち株会社の子会社とすると言う計画等が上げられているようだ。
  今回の破綻による都の損失は出資金や債権放棄などで381億円に上ると記されているが,前にも記したが,この3社の負債総額が約3,800億円の内,金融機関へ約2,000億円,債権放棄を求めると言う。

 この処理案についても,臨海3セクの処理案の骨子として,報道されていたので,その骨子を記して見た。
※ みずほ銀行など27金融機関に融資額の54%にあたる計2,050億円の債務を要請,
  残りは25年かけて返済する。
※ 都は1998年度に無利子融資した107億円の内100億円を放棄する。
※ 資本金546億円(都の出資は281億円)の100%減資。その後,
  都は3社のビル底地を現物出資する。
※ 3セク3社は債務超過を解消し,2007年4月までに合併する。
※ 2007年の早い時期に持ち株会社「臨海ホールティングス(仮称)」を設立,
  この傘下に合併した3セク,ゆりかもめ,東京ビックサイト,東京臨海熱供給,
  東京港埠頭公社が順次入る。

※ 臨海副都心開発の歩みを記して見た。
1985年(昭和60年),都が「東京テレポート構想」を発表
    (開発面積40ヘクタール)今から20年前のことである。
1987年(昭和62年),都が「臨海副都心開発基本構想」を発表
    (開発面積約440ヘクタール)。
1993年(平成5年),8月26日レインボーブリッジ開通,今から,13年前になる。
1995年(平成7年),4月都知事に就任した青島幸男氏が世界都市博覧会の中止を
    5月31日に決定,正午のニュース発表を今でも思い出す。11年前の事である。
 11月,新交通「ゆりかもめ」開業,(新橋?有明間)。
1996年(平成8年),臨海高速鉄道「りんかい線」開業
    (新木場?東京テレポート間)。
1997年(平成9年),都が「臨海副都心まちづくり推進計画」を決定。
2002年(平成14年),「りんかい線」大崎まで延伸,11月「ゆりかもめ」
    汐留駅開業。
2005年(平成17年),東京ファッションタウンなど3セク2社が民事再生法の
    適用を申請した。
2006年(平成18年),「ゆりかもめ」3月,豊洲まで延伸。
     石原知事が五輪の選手村用地として有明北地区の使用を表明。
     5月本題の,東京テレポートセンターなど3セク3社が民事再生法の
     適用を申請した。

 今,日本の中でも集客力の点では,お台場のにぎわいは大変なものであるが,前にも触れたが,この臨海副都心では中に入ると空地が目立つ,五輪の選手村予定を除いても,54ヘクタールあると言うことで,全体の40%が未処分のままらしい。臨海開発関連の借金は5,200億円に上ると言う。
 臨海開発の不振や3セク破綻の原因は都が経済環境の変化に即応できなかったことにあると言う人が多い。都が新土地利用方式を断念し,通常の長期賃貸方式に変えたのは,1993年(平成5年),土地売却に踏み切ったのは2002年(平成14年)である。非現実的な手法を早期にあきらめ,土地処分を進めていれば,臨海副都心の姿は今と違っていた筈だと,報道ではされている。
 臨海3セクが行き詰まることは,かなり前から都庁内では噂されていた事だと言う。景気回復が進んでいると言われる中で,臨海副都心の土地に対する引き合いもようやく増えてきたらしい。街づくりの基本方針は心要だが,都は遊休地を競争入札で早期に売却すれば,都民の負担も膨らまないですむかも知れない。
 果たして,揺れ動く「台場」臨海副都心はどうなるか,新木場に近いだけに,関心事の一つではある。                      

(平成18年5月28日)



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