東京木材問屋協同組合


文苑 随想

歴 史 探 訪 No.45

「バルトの楽園」俘虜収容所

歴史 訪人

 この歴史的戦争映画を見ましたか,見た人達には,それなりの自分流評価もあると思うのだが,見なかった人へ私なりの説明をしたいと思って記してみることにした。歴史的音楽に興味があって,特に,ベートベンの第九に魅せられている人には,是非見て欲しい映画の一作品である。
 この映画のストーリーは,後ほど多少詳しく記すが,第一次世界大戦の中国の青島で日本軍に囚われたドイツ人俘虜に対して寛容な待遇をさせた,板東俘虜収容所の物語で,ドイツとの係わりを人道的に描いた作品である。
 2005年(平成17年)4月?2006年(18年)3月は「日本におけるドイツ年」,全国各地でドイツの文化,経済,科学を紹介する700を越す多彩なイベントが開催された。そして,2006年6月から,サッカーW杯ドイツ大会も開催され,世界中がドイツに注目を集めた年になった。
 そんなドイツムードで盛り上がった2006年6月に,狙いがあったのか,どうかはわからないが,この「バルトの楽園」は公開されたのである。
 では先にあらましのストーリーを記して見る。
 1914年(大正3年),日本史年表を見ると,8月7日,イギリス,日本の対独戦参加を要請とあるが,8月23日,ドイツ宣戦布告,第一世界大戦に参戦となった。この時日本軍は3万人の大軍を送り込んだ。そしてドイツの極東根拠地・中国の青島(チンタオ)を攻略したのである。その時,ドイツ兵4,700人もの大人数を捕虜として,日本に送還された為,収容に苦慮したが,日本各地にある俘虜収容所に分散されたのである。厳しい待遇が当然な俘虜収容所の中で奇跡の様な収容所が徳島県の板東に存在したのである。
 板東俘虜収容所の所長を務める会津人の松江豊寿は,陸軍の上層部の意志に背いてまでも,ハーグ条約に則りドイツ人捕虜達の人権を遵守し,ドイツ人俘虜収容所としては例のない寛容な待遇をさせた。ドイツ人の捕虜達は,言語・習慣・文化の異なる地域住民の民族を超えた素朴な人間愛を育みながら収容所での生活を送る。そして,休戦条約調印,大ドイツ帝国は崩壊したのである。自由を宣告された捕虜達は,松江豊寿や所員,そして地域住民に感謝を込めて,日本で初めて「交響曲第九番,歓喜の歌」を演奏する事に挑戦したのであった。

 この映画「バルトの楽園」で,松平建が演じた,松江豊寿(まつえとよひさ)なる人物が,どんな人であったか,重要であるので記しておきたい。
 1872年(明治5年),戊辰戦争で官軍に敗れ,朝敵の汚名を受けた会津藩士の長男として生れた。陸軍幼年学校,陸軍士官学校卒業後,22歳で陸軍歩兵少尉に任官,日清・日露の両戦役に従軍,1904年(明治37年),韓国駐箚軍司令官の副官として活躍,元老の伊藤博文からも重用されたが,3年後に少佐として浜松の第67連隊付きとなった。この時上官に意見して軍法会議にかけられるが無罪となる。その後,札幌の第25連隊大隊長に就任,そして旭川の第7師団副官を経て,1914年(大正3年),41歳で中佐に昇進して徳島の歩兵第62連隊付きとなった。同年徳島俘虜収容所開設に伴い所長に任じられ,1917年(大正6年)板東俘虜収容所長となったのである。第一次世界大戦で青島(チンタオ)で俘虜になったドイツ兵に対して,俘虜は愛国者であって,犯罪者ではないので人道的に扱うべき事を主張し,「彼らも,祖国の為に戦ったのだから…」とドイツ人俘虜収容所としては例のない寛容な待遇をさせ,住民とも交流させたのである。

 戦場で蛮勇を振るうのではなく,戦って敗れた者に対する敬意を忘れない軍人,敗者の気持ちは負けた経験のある人間にしか解らない,元会津藩士としての誇りを失わず,屈辱の中で息絶えた遺志を受け継ぐ主人公,あのひげはあくまで気高く,凛とした美しさを保つ自分への戒めか。実話を基にしたエピソードの数々は時に涙腺を刺激し,目頭が熱くなった。
 特に敗者となった,青島総督(少将)のクルト・ハインリッヒが終戦を迎え,ドイツが敗れた事を知らされた時,自殺を図るが,助かった。松江豊寿が部屋を訪ね元会津藩士だった父の心境を伝えるのであった。
 やがてドイツ軍人達は生きる希望を取り戻していく。そしてドイツは降伏するのだが,捕虜たちは松江所長の寛容に感謝する為に「第九」の演奏会を開くことになって行くのであった。

「歓喜の歌」
ルードヴィヒ・バン・ベートヴェン作曲
交響曲第9番 作品125 第4楽章

  おお 友よ,この調べではないー。
  もっと快い,喜びに満ちた調べに,
  ともに声を合わせよう。

  歓喜よ,美しい神々の花火よ,
  天上の楽園の乙女よー。
  われら情熱に溢れ,崇高な,
  あなたの聖所に足をふみ入れる。
  あなたの奇しき力は,
  時の流れが厳しく切り離したものを,
  再び結び合わせ,
  あなたの柔らかい翼の留まるところ,
  すべての人びとは兄弟となる。

  大いなることに成功し,
  一人の友の友となり,
  優しき女性を得た人は,
  歓喜の声に唱和せよー。
  そうだ,この地上でただ一つの魂しか
  自分のこのと呼ぶことができない者もー。
  そして,それを出来なかった人は
  この集いから泣きながら立ち去れー。

  あらゆるものは 自然の乳房から歓喜を飲み,
  すべての善人も,すべての悪人も
  ばらの小径をたどる。

  自然は 私たちに接吻とぶどうしゅと,
  死の試練を受けた一人の友を与えた。
  虫けらにも快楽が与えられ,
  天使ケルビムが 神のみ前に立つ。

  太陽が大空の広壮な平地を飛翔するように,喜ばしく,
  兄弟よ,君達の道を走れ,
  勝利に向かう勇士のように楽しく,

  抱き合え,幾百万の人びとよー。
  この接吻を全世界にー。
  兄弟よー。
  星空の上に愛する父なる神が住んでいるに違いない。

  君達はひれ伏すか,幾百万の人びとよ?
  創造主を予感するか,世界よ?
  星空のかなたに創造主を求めよー。
  星々の上に創造主が住んでいるに違いない。

                  (株)河合楽器製作所,本文より記載

 だんだん歌声と共にテンポが上り,歓喜の歌は,クライマックスに達して行く,あの感動は,大変なものである。

 映画の中の音楽は,ベートヴェンの「交響曲第九番」を,ヘルベルト・V・カラヤン指揮によるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音源を10分に集約して使用していると記されているが,カラヤンの「第九」が見事に再現し,興味の深い人には,たまらなく,見応えのある作品であると言える。
 是非ともお勧めの映画である。


上の写真は当時の本物の90年前の板東俘虜収容所の表入口である。

下は総工費3億円,6ヶ月をかけて1万m2の敷地に建設されたと言う写真で,セットの入口であるが,実に良く似た風景である。

 

(平成18年7月30日記)



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