東京木材問屋協同組合


文苑 随想


マルクスとケインズと
- 今日の問題として-

榎戸 勇

(1)マルクスは資本主義経済の破綻を予言したが…。

 カール・マルクス(1818'?85')は1848年にエンゲルスと共著で「共産党宣言」を発表,1867年に主著「資本論」を刊行した。

 18世紀に産業革命の結果英国がいち早く工業国になったが,19世紀に入りドイツやフランス等も一斉に工業化を進めたため生産力が著増し,需要を大巾に上回る財が生産され,物価が暴落して不況突入というサイクルが十数年ごとに発生した。

 マルクスはこのような循環的不況到来を分析して,資本主義経済の問題点を批判的に解明したのである。
  マルクスによれば循環的不況到来の原因は,資本主義経済制度は資本の自己増殖作用を避けることができないためであると考えた。
  資本家の大部分は常に増収増益をめざして行動する。その結果全体として需要を上回る財が供給されるようになるので物価が暴落し,その結果不採算のため工場が閉鎖されて失業者が増大する。失業者が増えると人々の所得が減少するので更に需要が減少して大不況になると分析した。
  そしてこのため,資本主義経済はやがて行きづまる運命にある。資本主義経済破綻のあとに来るのは社会主義,共産主義の時代であると考えたのである。

 マルクスの予言にもかかわらず,資本主義経済は今日も尚生きのびており,逆に社会主義,共産主義の経済が破綻した。現在は社会主義国も経済面では資本主義的運営をせざるを得なくなっている。

 それでは何故,社会主義経済は行きづまったのであろうか。
  以下は私の私見であるが,マルクスは経済社会の分析には鋭い成果をあげたと思う。しかし「人間」の研究が足りなかったのではなかろうか。
  一般に人間は一生懸命働けば収入が増え生活が豊かになると考える。怠けていたら生活が苦しくなると思って働いている。生活を豊かにするためには創意工夫をし,製品の改良や新製品の開発をし,生産力を高めなければならないのである。
  しかし,社会主義経済では与えられた仕事を何とかこなしていれば,それで一定の生活が保証されるので十年一日同じことを同じようにやっていることが多い。旧東ドイツ製の自動車と西ドイツ製の自動車を比べれば,その差異は明白であろう。

 私は1971年(昭和46年)に全北連の北洋材視察団に参加してソ連極東地域の旅をしたが,コルホーズ(集団農場)で作って公設市場で売っている農産物はトマトも玉ネギも小つぶで不味く,しかも品数も少ない。しかし自宅の敷地(敷地は国有地)に一定面積だけ自家農園をつくり自由に売ってよいとされた自由市場では,日本のものと大差ないような農産物が売られていた。(値段は公設市場より数倍高い)。
  人間とは所詮このようなものである。一生懸命作ってそれが自分の収入になり,生活を豊かにできるのであれば工夫もし,長時間働いても苦にならない。しかし集団農場では,ほとんど全員が定められた時間だけ,言われたことをやっているだけなので,品質の改良もされず生産性も低いのである。
  ソ連旅行の時,新しい観光バスで案内されたが,窓ガラスを通して斜め前方を見ると景色が歪んで見える。ガラスの平面が平らでないためである。このようなガラスでは資本主義社会では売り物にならないが,当時のソ連では数量さえノルマを達成すればよいので,このようなガラスがつくられ流通していたのである。
  利益を度外視して公共福祉等に尽力しているごく一部の方々を除けば,一般の人間は少しでも収入を増やそうと働いているのである。マルクスはこのような人間性を分析しなかったため,社会主義,共産主義の時代が来ると誤って結論づけてしまったのではなかろうか。

(2)J・Mケインズ(1883'?1946')経済学の功罪。

 欧州大陸は第一次世界大戦(1916'?19')の戦場になり荒廃したが,米国は欧州へ

の物資補給のため活況を呈し,経済が大躍進し生産力が急増した。戦後,世界の金の6割前後が米国に集まったという。しかし戦争が終わり,欧州各国の生産力が復旧してくると世界的に物資が供給過剰になって物価が暴落した。世界大不況である。まさにマルクスの指摘どおり資本の自己増殖作用で需要を大巾に上回る財が供給されての不況突入である。
  1930年前後の大不況,恐慌はすさまじいものであった。米国も欧州も日本も街には失業者が溢れ,「大学は出たけれど」というような活動写真(映画),流行歌では「ルンペンの唄」が大流行した。
  当時5才位だった私も歌っていたらしく,この文章を書いているうちに昔の歌詞をなんとなく思い出した。
  「西や東やルンペンの,明日はどの街どの横丁,どうせどのみちルンペンの,恋ははかなァいタバコォの煙よ,風の吹くままちりぢりに」。くだらないことは76年前の唄でも蘇るものである。(うろ覚えなので間違っていたら教えて下さい)(ルンペンはドイツ語で浮浪者のこと。)戦いに敗れ国土が荒廃したうえに,多額の賠償金を課せられたドイツで最も早く最も多くの浮浪者が溢れたため,浮浪者をルンペンというドイツ語が世界中で使われたらしい。

 さて,この恐慌はすさまじく日本でも職のない浮浪者が巷に溢れ,東北地方の農村は冷害もあって娘を苦界に売る人も沢山あった。
  この大恐慌はマルクスの指摘どおり資本の自己増殖作用,戦後復興のため資本家が資本を集めて一斉に財を増産したことによる物価暴落の大不況で,マルクスの指摘が証明されたのである。

 しかし,この大不況以来今日迄世界中不況らしい不況は起っていない。何故であろうか。

 大恐慌のさなか,ケインズが「雇用,利子,および貨幣の一般理論」(1936年刊)を発表した。この本の主題は有効需要の原理であり,乗数理論と流動性選好の三つの柱で支えられている。
  ここでは,難しい理論はさておく。本の要旨は利子率が高いため設備投資や住宅投資が行われにくい場合は,貨幣供給量を増やして利子率を引きさげ,投資を促す必要がある。しかし,利子率を下げても財が溢れていて物価が安く,投資しても収益が期待できないため投資を刺激できない場合もある。
  このような場合は財政を一時的に赤字にしてでも,政府自らが公共投資をする必要がある。政府の公共投資は乗数理論により投資額の数倍の需要を生みだすと説いたのである。

 ケインズの「財政を一時的に赤字にしてもの「一時的に」の言葉に注意して頂きたい。景気が徐々に回復して税収が増えてくれば,経済の動きを見ながら政府は赤字を埋めていかなければならないのである。

 ケインズが公共投資による景気回復策を唱えたのは,摩擦的,季節的の失業や循環的失業に対する対策としてではない。あくまでも大不況による長期的,構造的失業への対策としてである。

 ところが,議会制民主々義のもとでは政府も議員も人気とりのため,少し景気が停滞するとすぐに公共投資を拡大する。否,経済が順調に流れている時でも公共投資を増やし続けがちである。経済政策はアクセルとブレーキを交互に軽く踏んで調節すべきなのに,アクセルを踏みっぱなしできたためこの60年間不況突入が避けられたのである。

 しかし,その結果政府も地方自治体も膨大な借金,(国債や地方債)を抱えてしまった。国でも家計でも永久に借金を続けることはできない。最近になって財政再建が強く叫ばれてきた。日本政府の純資産(資産?負債)はマイナス276兆円,そして平成16年度だけで債務超過額が約20兆円増えたとのことである。財政再建のためには,今後は公共投資を大巾に削らざるを得ないが,公共投資の削減は景気後退時の下支え機能の低下を意味する。難しい問題である。

 米国は日本より難しい。米国民は国内生産(GDP)以上の消費をしている。その結果貿易赤字が増え続け,世界一の大借金国になってしまった。ドル建米国々債を貿易黒字国が購入しているのでドル暴落は起こっていないが,オイルマネー等は徐々に投資先をユーロ等に移している。現在米国債を所有している国々がドル債売却を進めれば,ドル暴落の懸念がある。その時,米国発の不況が始まるかも知れない。心配である。(米国も膨大な財政赤字を抱えているので公共投資の拡大は難しい。)

 現在の世界経済は新技術の開発競争である。シュンペーターは「経済発展の理論」(1912年刊)で新技術の開発による経済発展について述べているが,今日は電子工学の開発と企業化で現在の経済を支えていると思う。昨日の最新技術が今日はもう古く明日は捨てられていく。技術開発による経済発展は望ましい経済成長であるが,しかし,沢山の経営者が生き残りのため,シェア拡大をめざしている姿は,まさにマルクスの述べている資本の自己増殖の姿である。企業体は増産拡大しなければ生き残れないが,その結果全体として供給過大になり価格下落,利益無きシェア争いになる惧れがある。

 前述のとおり,これからは景気停滞になっても公共事業で支えることが難しいのである。マルクスの述べた資本の自己増殖,経営者の増収増益競争,そしてマルクスが予想しなかったドル暴落で対米輸出に依存している東南アジア諸国や日本の経済に不安がないとは言えない。不況突入の種が地面の下でジワジワと大きくなっているように思えてならないのである。
  この項,単なる杞憂であることを願いつつ筆を措く次第である。

(以上)
平成18年9月3日記

(注)乗数理論。
  政府が不況脱出のため公共投資を行うと,その投資額の数倍の需要が生まれるとの理論。
  人々の限界消費性向が9/10であると仮定すると,政府の公共投資が1の場合,その仕事を請負った業者は収入の9/10を資材の購入や新たな雇用に使う。資材を販売した業者や新たに雇用された人もその収入の9/10を使う。更に資材の生産者や人々に生活物資を売った人も原料の仕入や生活物資の購入に9/10を使う。この関係は無限に続くので,1の公共投資が生む需要の合計は

の需要を生み出すという理論である。この理論は現在公認されている。限界消費性向がどの位であるのかは時と処によって異なるが,不況時程消費性向は高いようである。




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