東京木材問屋協同組合


文苑 随想

見たり,聞いたり,探ったり No.88

「廣澤寺温泉」と「日向薬師」

青木行雄


 東京近郊丹沢大山の閑静な山間に湧き出る強アルカリ源泉の温泉があるが,あまり一般に知られていないと思う。住所は神奈川県厚木市七沢2607番地で,JR厚木駅から車で30?40分ぐらいの所にあった。知人の案内で,私には初体験の温泉だが,どんな所か,大変興味があって,わくわくしながら連れて来てもらった。
  温泉の案内パンフを見ると,「廣澤寺温泉は,強アルカリ源泉の滑らかな肌触りの美人の湯・子宝の湯として親しまれております。疲労回復・ストレス解消・美容にと日頃のお疲れをお風呂と森林浴で大いにリフレッシュして下さい」とあるが,確かにアルカリが強いのであろう肌がつるつるになった。そして丹沢大山に近く,ハイキングや登山帰りに立ち寄る客達の「ちょい浴」で私の行った時も何人かの人々が見られた。そして日帰りドライバー等で結構潤っているらしい。
  丹沢大山国定公園内に昭和の初めに創業したと言うこの廣澤寺温泉の一軒宿は,まだそんなに歴史は古くはないが,木造で2階建,結構凝った建物で庭園も素晴らしい。県下の名勝史跡に選ばれて記念碑も建っていた。また浴槽が凝っており,混浴ではないが男女露天風呂に内湯,貸切家族風呂に離れの部屋付風呂も加えると男女用合わせて10ヶ所もあった。それほど風呂に力を入れている温泉宿である。
  ここの料理名物は山菜料理とソバであるが猪鍋も有名らしい。山間なので,昔から猪が獲れたのであろう。全国の猪民芸品展示コーナーもあって,平成4年建立という猪鍋入湯会40周年記念夫婦猪像まで置いてある。余程猪との関わりがあるようであった。
  白壁に,こし下ナメコ壁の建物の中に郷土古民具保存館があって,古民具の展示もある。
  佳き時代には如何に客が多く,栄えたか,毎夜芸者を挙げて,どんちゃん騒ぎもあったのではと思うのは,この一軒宿の温泉で小歌・音頭の歌碑まであり,それを見て思った。そして,割箸入れの紙にも小歌や音頭の歌詞が書いてあり,昔の温泉宿を思い出させてくれた。
  我々は山菜料理と名物の猪鍋を賞味した。好き嫌いはあると思うのだが,私には実においしく食べられた。丹沢産であろう石で作られた野天風呂は,竹や林に囲まれた中に鳥の声を聞きながらの入浴である。風呂際の梅の大木が昭和初期を思い出させる。露天風呂の素晴らしい景観である。
  日観連・全旅連・公旅連・日本温泉協会会員。もちろん政府登録旅館でもある。


※廣澤寺温泉の一軒宿「玉翠楼」の表玄関

※庭に見える部屋からの風景である。これが何なのか聞き忘れた。全室部屋から,庭園が見えると言う。

 入浴を充分堪能,汚れを流し,肌をすべすべにした後,この温泉からそう遠くない主題の山中にある「日向薬師」へ向った。

 この付近の地理に詳しい,知人の案内で近道の山道を通り,向ったのでわずか20?30分で其処に着いた。
  この「日向薬師」は,東丹沢の日向川上流に位置し,周辺の山林は保健保安林として維持されていると言う。この周辺の森が「日向薬師の森」と呼ばれ,ケヤキやタブノキ,椎の木などの自然植生林が多く,自然環境,里山環境が維持され,登山や散策に訪れる人が多いと言う。実に素晴らしい環境だと思った。
  境内にばかでかい杉の木があったので尋ねて見ると,県指定天然記念物で推定樹齢800年ぐらいとのことであった。

「日向薬師」について
所在地 神奈川県伊勢原市日向1644番地
山 号 日向山
宗 派 高野山真言宗
本 尊 薬師三尊
創建年 716年(霊亀2年)(伝説による)
開 基 行基(伝説による)
    (日本史年表を見ると717年百姓の違法の出家を禁じ,行基の活動を
     禁圧する)と出ている。
別 称 日向山霊山寺(近世以前の寺号)
文化財 重要文化財→本堂,木造薬師三尊像,木造阿弥陀如来坐像,
     木造四天王立像,木造十二神将立像,梵鐘,ほか。

※「日向薬師」本堂の正面から写す。藁ぶきの屋根がいかにも歴史を物語っている。

 寺史より歴史について簡単に拾って見た。

 日向薬師は,元の名を日向山霊山寺と称した薬師如来信仰の霊場で,関東地方では有数の古寺であると言う。本尊は平安時代前期に作られた鉈彫の薬師三尊像であると記されている。また本堂の隣に宝物殿があったが,私は見れなかったが,中に阿弥陀如来や四天王,十二神将など23体の仏像が納められていると言う。これらを含め,国の重要文化財9件,神奈川県及び伊勢原市指定の文化財を多数所蔵していると言う。
  私は薬師様について無知だが,高知県大豊町にある「柴折薬師」と新潟県上越市柿崎区にある「米山薬師」とともに「日本三大薬師」と言われたり,相模原市津久井町の「峯の薬師」と高尾山の「薬王院」と都内の「新井薬師」とともに武相四大薬師として信仰を集めていると記されている。

梵鐘について
  952年(天暦6年)村上天皇から,梵鐘を賜ったが,その鐘が傷んだので,1153年(仁平3年)に改鋳,さらに1340年(暦応3年)に改鋳したのが今この写真の梵鐘だと言う。

※この梵鐘が暦応3年のものと言うから,約670年も経った鐘で凄い歴史を感じる。そしてこの鐘堂は当初平安時代に建造されたと考えられていたが,今のものは後に再建されたもので,1763年(宝暦13年)の銘が見つかったと言うので,約240年経った堂である。手前の杉の木が800年経っていると言う大木である。

お薬師さまとは…
  一名瑠璃光如来ともいい,浄土は東方浄瑠璃浄土で,この浄土の教主ですと書かれているが,宗教語は難しい。薬師如来とは,また大医王仏ともいわれ,除病延寿,衣食満足等の12の誓願を持ち衆生の病患を救い,光を失った眼に天来の光を授け,法薬を与えるなど,諸悪病を除くばかりか,除産苦,求子返呪咀等の七難を除去してくださる等,現実的な利益を信者にお与えになる仏さまである。と記されている。薬師様の浄土には多くの菩薩が住み,如来について法を学んでいるが,日光,月光,両菩薩が上首に位し,如来の両脇にお立ちになっている。また薬師さまには,眷属として12神将がつき随っている。薬師如来の12の本願を護持すると共に,この如来の信仰者を守護してくださる薬叉神である。
  四天王は仏教における四方鎮護の天で,国土の四方を守護して下さっているそうである。
  本尊の薬師如来は鉈彫と呼ばれる手法で関東地方を中心に祀られており,素朴な感じを受けるが,素晴らしいお姿である。

 大江公資の妻が詠じた歌
       さして来し,日向の山を頼む身は,
             目も明らかに見えざらめやは


※宝物殿と茶屋,この宝物殿の中の本尊等重要文化財を拝仏出来る(見られる)日は1月1,2,3日と8日の初薬師の日と4月15日のみである。

 とにかく,平安から鎌倉期の仏像が20数体もあると言うから,古い仏像に興味をお持ちで,平安から鎌倉期の仏像を知りたい方には,こたえられないお寺だと思う。鎌倉期には将軍頼朝・室政子も数回参詣したと言うし,神奈川県下では随一の仏像の宝庫と言うことであった。

 年中行事を記して見ると…
   本尊開扉    1月1〜3日
   初薬師本尊開扉 1月8日
   春期大祭    4月15日

 神奈川県伊勢原の身近な場所に日本三大薬師様が鎮座しているとは知らなかった。
  この本尊の三尊像は,三体とも桂材を用いた一本作りで,私はまだお目にかかっていないが,表面には鉈彫独特の丸のみの痕が残っていると言う。勿論,国指定重要文化財である。
  と言う訳で,今回は温泉と寺について列記してきたが,いろいろ旅に出ると,初めて見るもの,聞くもの,知らなかったこと,知識不足による新しい発見など,犬も歩けば棒にあたると言うが,私の歩く所棒ばかりである。
  一生,新しい発見と感動を受けながら,一本一本の棒を束ねて行きたいと思っている。

平成19年5月27日記
 


前のページに戻る

Copyright (C) Tokyo Mokuzai Tonya Kyoudou Kumiai 2007