東京木材問屋協同組合


文苑 随想

見たり,聞いたり,探ったり No.91

「富士山」と「富士サファリーパーク」

青木行雄


 一生に一度は登山体験したい,と普通は思う富士山,昔若い頃私は3度挑戦して,1度だけ山頂を極めた事があった。他は八合目ぐらいで断念して下山した事であった。見るのと実際に登るのとでは大違いでかなりの覚悟と忍耐が必要であった。
 九州に生れた私は東京に来る前から1度は登って見たいと思っていたし,昔東京に来た時分,汽車の窓から富士山を見て大変感激した。感動しない人は居ないのではとも思ったものである。
 本当に富士山の容姿は,いつ何処から眺めても素晴らしいと思う。だが何十回見たか分からないが,全容を見られる事は意外に少なかった。
 下の写真は,駿河湾から見た富士山であり,自分でも見事と思ったので載せて見た。

※駿河湾の船上から見た「富士山」五合目位までの雪は見事である。
 では「富士山」について,いろいろ調べながら知っている事,知らない事を探って記して見た。
 富士山は静岡県(富士宮市,裾野市,富士市,御殿場市,駿東郡小山町)と山梨県(富士吉田市,南都留郡鳴沢村)に跨る,活火山である。誰でも知っているが,標高,3776メートルで日本最高峰である。
 この富士山の優美な風貌は,写真の通りであるが,国内のみならず,海外でも日本の象徴として広く知られている。こんな呼び名もあると言う。芙蓉峰・富嶽などである。
 古来より霊峰と言われており,富士山を開いたのは,平安末期の1149年(久安5)山頂に一切経を埋納した富士上人と称された末代であると伝えられる。
 江戸時代後期の1800年(寛政12)まで富士山は女人禁制であったと記されている。
 また,登山道は今大体五合目までは車で行けるが,富士宮口,須走口,富士吉田口(河口湖),御殿場口等がある。
 車で五合目まで行って見る事が近年,何回かあった。
 富士山の噴火は,約1万1千年前から何回かあったようだが,最後に噴火したのは,1707年(宝永4)の宝永大噴火で,噴煙は成層圏まで到達し,江戸では約4センチの火山灰が降り積もった記録もあると言う。凄い噴火であったようであるが,これも今からたった300年前の事であった。その後も火山性の地震や小さい噴気が観測されていると言うから,今後も噴火の可能性もあるのである。
 富士山の溶岩は流動性の高い玄武岩質の溶岩で噴火の際,溶岩の流れが四方に均等に流れ,美しい形となったと言う。富士山には川がなく,そこに降る雨や雪は浸透性の高い溶岩壁を通りすぐに地下水となる。その量は年間23億トンとも言われ,富士山周辺に噴出し良質のミネラルウォーターとして利用されているのである。そして40.50km四方に及ぶ広大な富士山麓及び裾野に人々が豊かに生活しているのである。この富士山が周辺の人々にどれだけの好影響をもたらしているかは,計り知れない。
 この富士山の伏流水を利用した製紙業や医薬関連の製造業などの工業が活発に行なわれている事は御存知の通りであるが,最近水について,関心が高まり,各地で水の消費が益々増えて来たが,富士山の伏流水はバナジウムを豊富に含んでいる為,ミネラルウォーターとしてボトルに詰められ販売が盛んになった。又,富士山一帯の宗教施設への参拝や避暑,富士登山を目的とする観光客相手の観光業も活発に行われる様になった。

※ 地底からこんこんと湧き出す富士山の恵み水は絶える事がない。

 富士山の利用については,静岡県側が自然,文化の保護を重視するのに対し,山梨県側は伝統的に観光開発を重視しており,世界遺産登録問題,マイカー規制問題,山小屋トイレ問題,山頂所有権問題等,過去から現在に至るまでの折々で双方の思惑の相違が表面化し,両者頭の痛い問題の様である。
 富士山頂には富士山,本宮浅間大社の奥宮があり,富士山の神を祭っている。その為,富士山の8合目より上の部分は,登山道,富士山測候所を除き,浅間大社の境内と言う訳で,静岡県,山梨県の県境が未確定のため,土地登記はしていないと言うから,変な話ではないか。
 富士山の命名について見て見ると,「竹取物語」の中で,大勢の武士を登山させて,かぐや姫が時の天皇に贈った不老不死の薬を,天に一番近い山(富士山)の山頂で燃やした事になっている。それから,その山はふじ山(富士山・不死山・不尽山)と呼ばれる様になり,正式に今の富士山となったと記されていた。

 富士登山について・・・・ 
  富士登山の経験のある方には良く分かるが,遠方から見上げる富士とは,全く異なる姿が登山にはあって,火山灰と溶岩の荒れ果てた世界が広がる。でも富士山から下界を眺める展望は,何とも言えない,他には得られない絶景で感動する。
 富士登山の経験者たちの間では,「富士山に登らない馬鹿,二度登る馬鹿」と言う言葉もあると言うけれど,これは富士登山の厳しさを表現した言葉で,疲労,寒さ,高山病を一度経験した方達で,私も直後は2度と登りたくないと思った1人でもあるが。
 しかし,富士山に魅せられて,仕事抜きで400回も登った御仁も居ると言うから,世の中10人10色である。
 今はバスツアーもあって1人でも参加することが出来るが,五合目までである。帰りの時間に五合目まで下山に遅れると,置いて行かれるので注意が必要である。
 富士登山については,本が本屋に幾らでも売っているので,行きたいと思ったら,準備が必要であるが,きついので若い内にお勧めしたい。
 登山者数を調べて見たら,2005年7月1日から8月31日までの富士山八合目に於けるカウント数が環境省の実数調査で発表されていたので記して見た。
   吉田口    108,247人
   須走口     25,416人
   御殿場口    8,667人
   富士宮口    57,962人
   計      200,292人
 上記の様に2005年の登山者数は約20万人で,その約30%は外国人登山者であるというから驚く。近年では減少傾向にあると言うが,富士山の登山者数は依然として世界一を保っているらしい。

 やっぱり富士山に登るからには御来光が見たい。
 御来光とは,高山で拝む日の出の事で,阿弥陀如来等,仏陀の出現に日の出を例えた表現である,富士山ではこれを目的に登山する人が多く,日の出直前の頂上付近は渋滞で動けなくなる事が多い様である。
 高山病は高度が増すと気圧の低下から,頭痛・めまい・疲労感・呼吸の促迫などの症状が現れる。富士山では八合目付近から高山病症状を訴える人が一番多いらしい。私の同僚もそうだった,根本的な治療は下山するしかないと言う。
 頂上では8月でも日の出時の気温は5℃ぐらいで,風速は7mほどあり,体感気温は0℃以下と言う。平地で今年の様に熱い夏は35℃前後あったが,登山には防寒着が必要である。
 富士山頂郵便局では,登山証明書と富士山登頂証の2種類を販売している。

 為になる話を1?2書きそえて富士山の部は終りにしたい。
 「一富士・二鷹・三なすび」とはどうしてか?
 初夢に上記の言葉が縁起が良いと言われているが,どんな意味があるか,
 初夢とは,元日,又は一月二日の夜に見る夢であるが,昔は,節分の夜から立春にかけて見る夢の事を言ったらしい。この有名なことわざは……。

(1) 駿河の名物を列記した
(2) 徳川家康が,駿河で一番高いのは,一に富士,二に愛鷹山,そして物価が高いのはなすびだ」と言った説,
(3) 三大仇討ち,富士は曽我兄弟,鷹は大石蔵之助,なすびは渡辺数馬の家紋であるという説 等,あると言う,
だがどうも,(2)番の家康の方が正しいらしい。
しかし,あまり深く考えない方が夢があって楽しいのかも知れない。
 「合目」とはどうしてか?
 山麓から頂上までの行程を十に区切り,その一つ,一つを「合目」と言う,その由来について,調べると,
(1) 夜道の提灯に使う油が,一合燃え尽きる道のりで区切った。
(2) 米を少しずつばらまいて一合なくなる道のりで区切った。
(3) 白米一升をこぼして作った小さな山の形が,富士山に似ているところから,それを十等分した。

どれが正しいか説明が良く分らないが,昔の人の考えで作られた「合目」は結構いいかげんであるが,おもしろい。
 

 以上富士山についての説明であるが,何とも不思議な金脈の山でもあり,神秘な霊山でもあり,いつ噴火するか分からない,恐ろしい山でもあるのである。

 富士サファリーパークについて

※ 富士サファリゾーンの入口である。1時間あまりの大渋滞,時速5キロ,
  全国にサファリーパークは大小合わせて数拾件かある様だが,ここ富士の裾野のサファリーパークは,主都圏に近く雄大な富士の裾野の自然を利用した場所にあって,私が行った時は見学者も多く混雑していた。だが開園当初は連日満員で珍しさもあって,押すな押すなの盛況であったと言うが,28年たった今は連休のある休日ぐらいで,平日は少ない様であった。
 私は3回目になるが,74万m2もあるこの富士の裾野にこれ程の数を世界の動物を飼って,この飼育の難しさや28年の継続の努力に敬服するが,地震や火災等で猛獣動物が逃げ出したら,どうするか等,考えて見ると怖いな?とも思う。

 行った事の無い人の為に少々記して見たい。
 まず,東名インターの裾野ICより出て,富士サファリーパークに向うこと20?30分,混雑していれば,ゲートまで着くのに時間は掛かるが,少なければ,すぐに料金所4?5ゲートで入場手続きを済ませ第一駐車場に入るが,ジャングルバスに乗り換えるか,マイカーでサファリーを楽しむかは自分で決める事だが,ジャングルバスは別に1人1200円かかる,九台の動物の格好をしたバスが園内を案内し,金網一枚で,エサもやれて野生動物に大接近する事も出来るので,優劣は付け難いが,マイカーも楽しい。

※ こんな動物の格好をした車が9台あって,金網越しに触れ合う事が出来る。
 マイカーの場合,猛獣が襲って来たらと言う心配もあるが,見張りの係員がいて,縞模様のジープで常に見張っている。1?2回車に向って動き出した大クマをジープが制止した場面もあったが,28年間続いているこの富士サファリーパークの猛獣動物達,延々と続く車の行列に見向きもせず,ただ口を動かすか寝ているかだけだった,この熱さに閉口しているのか,有難い生活の為のお客様と思って静かにしているのか,我々人間様を不思議と思っているのかも知れない。自衛隊の東富士演習場が近くにあって,夏休みと言うのに,演習の音がかなり大きく,鳴り響くが,慣れているのか,動物は何の反応も示さなかった。
 サファリーゾーンのゲートを入ると,最初はクマゾーンであった,世界各地のクマを集めていると言うが,クマにもいろいろの種類がある様で,20?30頭居ただろうか,中には馬鹿でかい,コデイアシクグマと言うクマも居た。2番目のライオンゾーンでは,百獣の王といわれるライオン達は,車にまったく反応を示さない,どうも活発に活動するのは,朝と夕方らしい。

※ライオンも見学者には見向きもせずに夢の中か
 第3ゾーンでは,トラゲートである,トラは,ライオンと並んでネコ科最大の動物であるが,その中でも最も大きいシベリアトラの迫力は,圧倒されると言うが,これ又反応示さず,寝たきりであった。テレビ等で見るアフリカ草原を悠々と走る姿を想像するとがっかりである。別にゾウゾーンや,一般草食ゾーンには,サイ,ブラックバック,ラクダ,キリン,エランド,ラマなどいろいろな動物が居て,楽しませてくれた。

※一般草食ゾーンにいる,キリン,向側の車の列は,園内約1時間の大渋滞
 又山岳草食ゾーンには,ワビチ,シカ,ビックホーン,バイソン,又野生のヒツジ,シカ,ウシなどの仲間がそれぞれに適した生息環境で生活していた。又子供達の好きな,触れ合いゾーンもあって,カンガルー,ウサギ,ポニーの乗馬も出来て,動物好きの子供達には最高の遊び場所ではないかと思った。
 いずれにしても,この富士の裾野の広大な土地に富士山と共有する施設,自衛隊の富士学校東富士演習場を始め,数拾あるゴルフ場や富士スピードウェイ等,広い土地を必要とする施設が何とたくさんある事か,驚くばかりである。そして周辺の人達の生活が富士山から受ける恵みにいかに頼っているか,計り知れない。そして日本のシンボルである「富士山」日本人を勇気付けてくれる「富士山」,いつまでもあの秀麗な姿を日本の人々,いや世界の人達にも見せ続けて欲しい。富士山,バンザイ。

平成19年8月15日記

 


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