東京木材問屋協同組合


文苑 随想


『歴史探訪』(29)

江戸川木材工業株式会社
常務取締役 清水 太郎

 今,葉桜が美しい。
 『葉桜や 月は木の間をちらちらと 叩く水鶏に誘はれて ささやく聲や苫の舟』
  もう30年経つのであろうか,新橋の烏森神社に,鎌倉から小唄の師匠が週1回やって来ました。弟子入りした私は,師匠が弾く三味線と口移しのお稽古で,最初にご教授賜ったのが前記の唄でありました。蓼小鈴師匠は私よりふたまわりも年輩で,今でも御元気でいらっしゃるのでしょうか。葉桜の季節になると懐かしく想い出します。
 組合月報3月号で予告致しましたが,「これからの人生のキャンバスを豊かに彩るグループ」,"ら,ろんどの会"は,柴又から帝釈天,山本亭,矢切の渡しを越え,野菊の墓文学碑を探訪します。
 寅さんの妹,さくらさんが「お兄ちゃーん」と叫んで追いかけて来る柴又駅改札口は,今は自動改札になっていますが,駅舎は昔のままで,駅名の文字は帝釈天の御前様揮毫によるものです。
 京成電車はのどかな乗物で,車内で博奕をしてつかまった連中がいたそうですが,一車輌を空けてご開帳に及び,それをテレビ映画の撮影と偽ったというが,だます方も呑気なら,だまされる乗客も人がいい,とある作家が東京旅行記で書いておりました。
 散策のメンバーは定刻に集まり,等身大の寅さんの銅像の前で記念写真を撮ります。
 案内人は,葛飾区シニア観光ボランティアガイド「かつしか語り隊」の風見榮一さん他1名の女性です。メンバーは男女ほぼ半々で,風見さんが,「これから2つの班に分けます。トラさんグループとマドンナグループどちらでもお好きな方へ」と云いますと,ほとんどの女性がマドンナグループへ入りました。風見さんは引率者のことをマドンナに譬えたのでしょうが,女性客はてっきり自分のことと勘違いしたようです。
 「手前生国と発しますところ,葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい,姓は車,名を寅次郎,人呼んでフーテンのとらと発します」松竹映画「男はつらいよ」の第一作は,昭和45年でしたが,以来全国的に大きなブームを巻き起しました。
 一昨年,まちづくりの研修で,滋賀県長浜へ行きました。豊臣秀吉が城を築き,続いて山内一豊が城主になり,いずれも世に出る足掛かりとなった為,出世城と云われていました。
 昭和40年ごろ,衰退するまちを復興させようと,黒壁スクエアと銘打って,外壁を黒い壁で統一したり,ガラス工芸を振興させる等,いろいろ苦労話をきいて,大いに参考になりましたが,まち興しの一環として,とらさんに会えそうなまちづくりのテーマで映画のロケ地にしてもらう運動を起し,実現して以降,観光客が増え,大成功をおさめたそうです。
 名優 渥美清氏は惜しまれて亡くなりましたが,奇しくも何回目かの命日に当る平成13年8月4日,近くの柴又八幡神社の古墳で「寅さん」そっくりの埴輪が出土しました。ご丁寧に帽子まで被っています。
 明治32年から,金町,柴又間の1.5粁,レールを敷き,人が押して帝釈天へ参拝客を運ぶ6人乗りの人動車が運行されていました。当時から参道は多くの人で賑わっておりました。
※象に乗った普賢菩薩の像
   帝釈天は,正式には経栄山題経寺といいます。寛永六年,日蓮宗のお寺として,日忠上人が創立しました。山門の両側は,運慶の孫及びひ孫の作と云われる二体の仁王像が守っています。入って左手はとらさんが産湯をつかった御神水が今でもこんこんと湧き,樹齢450年の瑞龍松も圧巻です。ここまでは誰でも知っていますが,今日は400円を支払って,彫刻ギャラリーを見学しました。一流の彫刻家が腕を競って彫り,内殿の胴羽目で雨ざらしになっていたのを,手入れをして屋根を覆い,回遊して眺められるようにしました。仏教の教えを,僅か十糎足らずの欅の板に彫った作品は,国宝級と云われるだけあって,ボランティア氏の熱の籠った説明により,見る者,聴く者は皆感動に浸ることができました。中でも私のお気に入りは,象に乗った普賢菩薩の像で,美しい木目を生かし,今にも動き出しそうな躍動感があります。
 帝釈天の隣は山本亭です。大正末期に建てられ,今は葛飾区が管理していますが,ここの書院庭園は外国人に好まれ,米国人旅行者の日本庭園ランキングで3年連続3位に選ばれています。因に第1位は足立区にある島根庭園,第2位が京都の桂離宮だそうです。
 私達は,古来より持っているものの価値を外国人によって教えられることがあります。桂離宮は,英国の建築家ライトが再発見し,世界に紹介した,とききます。
 ここで昼休み,参道商店街に戻り,創業200年の老舗,川千谷で,川魚料理に舌鼓を打ち,休憩後寅さん記念館へ。
 映画の撮影に使用したセットを大船撮影所から移設して展示し,制作の仕組を見ることが出来ます。入場者は,皆それぞれの思いで,名画面集,マドンナ達の表情に魅せられ,お馴染み,寅さんの歯切れのよい口上も聞こえて来ます。全館が熱い感動の渦に包まれています。この雰囲気は一体なんだろう。全員が恐らく同じ思いで,当時の世界にのめり込み,わいわい,がやがやしているが,決してうるさくない。近頃,世の中険悪になって,やれ不況だ,円高だ,後期高齢者だ,また殺伐とした事件も連日起きている昨今,ここだけは別世界のようです。小一時間,快地よい体験をした後,2階から外へ出ますと,映画のシーンで見た,江戸川の雄大な眺めが展開します。今日は強風の為,矢切の渡しには乗れず,従って野菊の墓文学碑は次回のお楽しみということになり,柴又探索は,帝釈天山門前で,めでたくお開きとなりました。



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