東京木材問屋協同組合


文苑 随想


我が闘病の記

白坂 鐘蔵

  自分も元気の時は他人の病気の話をそれこそ他人事の様に聞いていたので恐らくこの'文章を読む方も同じ気持ちでいる事とは思うが私が患った「頚椎椎間板症」は意外にも木材屋に多いと聞いて何かの参考になればと述べる気になりました。
 私も現在89歳,来年の6月に生きていれば満90歳になるがこの変動の激しい世を乗り越えて良く現在迄,生きて来られたかと自分でも不思議に思う事があります。
 20代に盲腸で数日入院した以外は病気も入院もした事が無く若い時に士官学校の猛訓練で1/3(120名の中で38名死亡)の亡くなる程の中で生き残り体温40度を越えても休ませず訓練を続け戦後レントゲンで胸の検査をすると肋膜の跡があったとの事でその時に体力が病菌を殺していたと思うと生と死が紙一重であったと分った。
 昨年6月末迄は群馬方面の山歩き等,盛んに元気に動き廻っていたが7月に入り急に左腕が痺れ出して,やがて激しい頭痛に襲われ8月2日に生まれて初めて救急車に乗り病院に運ばれCTと診断を受けるが何処も悪い所が無いから点滴を3時間程受けて帰宅したが,その時の先生がこの状態では絶対に入院しない方が良いとの事で理由を聞くと入れば精密検査をして,あちこち病気を捜し出されて一生,病院より出られなくなるからと説明を受け感謝した次第である。
 その後も症状は変わらず頭痛,発熱(体温は上っておらずタオルを頭に乗せると熱くなる)貧血等が続き二ヶ所の病院に入院して検査しMRI,レントゲン,CT,血液等種々の検査をしたが何処も悪い所が無いので歳と猛暑であったので熱中症の後遺症で涼しくなれば,直るか駄目になるかどちらかだとビタミン注射位よりして貰えなかった。
 私の所が町会の事務所になっているので種々の人が出入していて同じ様な症状で直す先生いると紹介されて4ケ所目の先生の所に行くと今迄の経過を全部聞いてパソコンに打ち込み首の検査がしてないのでレントゲンで撮影した所7ケ所ある頚椎の上より5?7が変形して,その間にあるクッションの役目をしている椎間板が潰れて心臓より頭に行く血管と神経が押し潰されていた事が分かり薬の治療で約2ケ月で直る事が出来たが医師に専門があり内科でも17部門に分かれている由で専門以外は分らず死因に心不全等新聞誌上に出ているが原因不明の場合は殆んど心臓か頭のどちらかの病気で片付けられていると思う。
 手痺れ,肩が凝ると整骨院に行き肩の凝りを直して貰をうと通うが首の場合は逆に悪くなる様で首に7ケ腰に5ケの頸椎と腰椎あり,その間に椎間板があり材木屋には腰の椎間板を痛めている方も多いと聞いている。
 尚,頚椎は上より1?7番迄あり4?7番が手の神経に直接通じているとの事である。
*体調不良になった時に下記の様な症状が出たので注意
  (1)視力が弱り新聞やテレビも見でいて直ぐに疲れる。
  (2)脚に力が無くなり直ぐ疲れて歩けなくなる。
  (3)朝起きる時に貧血気味で脚の親指のマッサージやお湯で脚を温める
  (4)診断の先生も身体から乾いた匂いがすると言はれ眼科に行くと目が乾燥してる
   と言はれ相当水分を補給しても身体にしみ込まなくなってミイラに近くなる。
  (5)大便の出が水分が少ないので出に難くなる。
 尚,一時はいよいよ年貢の納め時かと観念したが現在は元の80%近くに復帰して先日も連日1万歩以上も歩く事が出来て自分で元気になり驚いている次第である。
 良い医師に当るのも当らないのも運とその人の寿命だと感じた次第である。
 健康の有り難たみを毎日感謝して送っている次第である。



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