東京木材問屋協同組合


文苑 随想

江戸東京木材史を読んで

榎戸 勇


 江戸東京木材史を組合から頂いた。何と言っても豪華な本で,B5版本文1,450頁余,更に別冊資料が720頁余の大冊である。
 1頁から読むのは大変なので,祖父榎戸海老蔵が大正5年,4月に榎戸海老蔵商店として深川で材木問屋を始めた頃の木場のことに一番関心があるので,第4編第3章,明治の終焉,大正の幕開け(417頁)から読み始めた。

 大正の始めは大不況だったらしい。祖父が開業する前年,大正4年7月に深川大和町の木場銀行が潰れ,そのため木場の材木店42軒が倒産閉店,その余波で深川銀行他,2,3の銀行も大打撃を受けている。原因は頭取の山田喜助が不動産,株式等に思惑投資をし,更に鉱山事業にも手を出して失敗,そして本業の木材も暴落したためと「木材史340頁」に記されている。

 祖父は独立営業の前年に起きたこの事件が強く心に残っていたので,後年父に,投機的なことは,本業の木材の営業についても絶対してはならない。また木材以外の事業に手を出してはいけないときつく申し渡した。大正14年生れの私はこの申し渡しを直接祖父から聞いたことはない。祖父は2才年上の姉のあと,男の子の私が生れたので跡取りができたと大喜びで,私をとても可愛がってくれた。私が小学校4年生の9月に60才で亡くなったので,私に直接商売の話をしてくれたことはない。

 しかし,父は祖父の言いつけをよく守った。そして祖父の言ったことを私によく話してくれた。祖父と父が榎戸商店を力を合わせて経営していた大正12年9月,関東大震災が発生した。父は米国への木材買付の帰途,船がハワイに寄港した時,大震災のニュースを聞いたが,当時は航空便があるわけではないので,そのまま船へ乗り,9月15日頃に帰国したらしい。
 木材価格は震災復興需要をあてこんで9月下旬から値上がりを始め,11月には震災前の7割高位になった(資料編360頁の相場表)。しかし,11月中旬から北米材,北海道材等が大量に集中入荷し,相場は下落を始め,在庫投売もあって翌大正13年9月には震災前より2割も安い恐慌相場になっている。
 「木材史562頁」に震災直後の木材価格変動について,3人の先達の話が載っている。「震災は非常に不幸な出来ごとだが,一面からみれば金儲けのチャンスだ。そこで手持の現金をもって仕入のため秋田,青森,岩手,神戸へ番頭を派遣して値段にかまわず,買えるだけの木材を買付けて東京へ運んだ。当初は飛ぶように売れ,儲かったが,11月初旬より売行きがにぶり,12月に入ると大暴落になって,結局当初の儲けをはきだして,損得ゼロになってしまった。と述べている。不幸な出来ごとを種にして儲けるのは,私に言わせれば企業倫理に反することである。(私の大学でのゼミは企業倫理論である。)

 榎戸商店は父が米国で買付けた米材製品が9月中旬に芝浦へ入ったので,それを売るだけで,売り終った後は焼跡の整理をし,10月下旬には平屋だが店と住居,そして店員の住む場所をつくり,冬の生活に備えたらしい。従って,震災後の暴騰,暴落とは無関係,9月中旬に入った米材製品が思ったより若干高く,そしてすぐ売れてしまっただけである。

 私は,祖父の教訓,そして祖父と父が自ら実行してきたことを,昭和31年1月,再び外材時代になるから,お前がやれと父に言われて,30才で(株)榎戸材木店の代表取締役に就任して台湾桧,米桧の原木から始め,後にノーブル丸太,スプルース丸太も手掛け,大商いはできないが,昭和30年代以降それなりに堅実にやってきた。(昭和50年以降,産地の状勢と国内の木材需要の変化で大きく業容も変らざるを得なかったが,ここではそれにふれない。)

 父は,私にバトンタッチをする時,一言だけ「米材は面白いが,危険も多いからそのつもりで心を締めてやれ。」とだけ言い,その後は私のやることに一言も口を出さなかった。私は祖父,父の教訓を何とか守って今日まで来たつもりである。昭和47,48年田中角栄内閣の列島改造論による積極財政で住宅着工が著増し,木材価格が数ヶ月で2倍近くに暴騰した時も,在庫の有るだけを売りきり,あとは2ヶ月じっとしていた。思っていたとおり,2ヶ月もすると米材の大量入荷があり,相場が急落,ほとんど値上がり前の水準に戻ってしまった。関東大震災の時と同じである。
 「米材史」は色々なことを教えてくれる。そして,過去に起ったのと同じようなことが,再び起こることも多い。「喉もとすぎれば熱さ忘れる。」というのが人間かも知れない。

 教訓,(1)相場の急騰は急落の前ぶれ,決して急騰相場に踊ってはいけない。
 (2)今まで手をつけたことのない事業には原則として乗り出さない。特に木材と無関係のことは,全くの素人なので石橋を叩いて叩いてじっくり検討しなければいけない。

 家業は継続が命題である。如何に継続していくかを主軸に経営しなければならない。
 以上「木材史」の明治の終りから大正時代を読んで心に銘じたことである。

 正月休みの読書は明治の終りから大正で終ってしまった。昭和初期の世界的大不況,そして軍拡と戦争。興味はつきないが,1月は会社の決算手続を見て税理士へ書類を渡し打合せするので,木材史の続きは2月以降ゆっくり読みたいと思っている。何としても大冊の本なのでじっくり読んでいると1年がかりかも知れない。次が読めたら,また月報に原稿を届けさせて頂くつもりである。

以上
H. 22・1・3記
 

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