東京木材問屋協同組合


文苑 随想

閑話二題
─中曽根康弘さんの話と松下幸之助さんの話─

榎戸 勇


 中曽根さんは大正7年(1918)生まれで現在93歳であるが、ご健在で今も時々新聞に所信を書いている。その意見は時代がかっているが、時に大変参考になることも多い。

 中曽根さんは東大を卒業すると徴兵検査を受けたので、すぐに海軍短期現役主計士官の道を選び教育を受けた後海軍主計中尉に任官した。(大卒は中尉、高専卒は少尉に任官)

 彼の最初の任務はインドネシアでの港湾土木の仕事で、数十人の30歳代の作業員を連れて現場へ向かった。作業員の中に1人肩をいからして不遜な態度の男が居た。中曽根さんはその男を自分の横に連れてきて、皆に仕事の内容を説明したあと、男の肩をたたき、大勢の作業員に、貴様達を束ねるためにこの男を主任にする。全員この男の指示に従って働いて貰いたいと述べた。男はびっくりしたが皆によろしくと言い、中尉は男と握手した。そして男は中曽根中尉の腹心の部下になり、作業員を束ねて仕事を進めたため仕事が非常に捗ったという。
 私にはとてもできることではない。1人嫌な奴が居るなと思い、成る可く近づかないのが普通ではなかろうか。
 おそらく政治家になった後もこの様にして中曽根さんを取り巻く議員を増やし、昭和57年には首相に選ばれ昭和62年迄約5年間首相を務めたのである。

 最近、中曽根さんは次の様な所信を新聞に書いていた。最近の首相は過去も将来も考えていない。只現在だけを見て行き当たりばったりで動いていると批判しているのである。私も全く同感である。国も社会・経済も過去のうえに現在がある。
 今迄の経緯を無視して行きあたりばったり、思いついたことを簡単に口に出すような首相は駄目である。特に世界がグローバル化している今日、過去の経緯を無視して発言してはいけない。心すべきことである。
 また、将来を見据えて行動する必要がある。与えられている現在のうえに将来をどのように構築していくかのビジョンをしっかり見据え、国民に訴えて理解を求めねばならない。政治は国民のため、そして世界の中での我国のため、前向きに行わねばならないが、それは現在の国民だけを見て人気取りに予算をばらまくことではない。息子達のため、孫達のため、将来を見据えて行動して欲しい。
 今回の震災復興のための資金は私達の時代で処理する必要がある。法人税は税率を引き下げ、その下げた分を震災復興特別税として一定期間徴集するのが良い。特別税は別途会計にし、復興のため発行した国債の償還にのみ使う。一般法人税は税率を下げた分だけ減収になるので予算を削減し国も地方もスリムにする。民間で出来ることは民間に委ねるのがよい。また補給金、奨励金は削減するか廃止する。公務員を効率的に配置し、人員を可能な限り減らす。民間は既に行った。そうしなければ倒産する惧れが有るからである。何時迄も親方日の丸では困るのである。

 一方、所得税は所得税額の一定割合を震災復興特別税として一定期間加算して賦課する。所得税率は累進課税なので高所得者程税率が高くなり税額が多いので、当然特別税も累進的に高くなる。何としても今回の震災を私達の世代で解決せねばならない。赤字国債を増発してはいけないのである。
 所得税(震災復興税)を増やすと、消費需要が減り不況になるとの説もある。まことに尤もな説であるが、震災復興税で復興に予算を使えばトータルとして不況にはなるまい。住居を失い、家族を失った方々を助けるために家計を若干節減するのは私達の努めである。但し内需の消費財製造、販売業は若干の影響があろう。何とか乗り切って行く覚悟が必要である。
 中曽根さんの事から大分脱線してしまったが、この項は閉じさせて頂く。

 もうひとつの閑話は松下幸之助さんと松下政経塾のことである。
 これも新聞に載っていた話であるが、かなり以前のことだが、ある会合で経営の神様松下さんの講話が有った時のこと、出席した人々は松下さんの話を聞いて経営のことについていくつかの質問をしたが、やおら手をあげて立ちあがった人が、次の様な問い掛けを松下さんにした。松下さん、あなたは電気洗濯機、電気掃除機、電気冷蔵庫等生活に利便を与える品々を造って広めた。確かに我国の日常生活は豊かになった。しかしその結果、親子、夫婦の心の絆が弱くなったように思う。昔は母親がタライに水を汲み洗濯板でゴシゴシと洗っていた。子供はそれを見て母親の有難さを感じた。ハタキとホウキで母親が掃除をしているのを見て子供は雑巾がけをした。家族はひとつという心が子供にも自然に伝わった。母親は子供や主人の洗濯物を一枚一枚洗いながらその汚れ具合で、どこか体調が悪いのではないかと気がつくこともあった。洗濯物をまとめて洗濯機へ入れて洗うのでは主婦は便利にはなったが、家族への気づかいが減ってしまったように思う。
 その話しを聞いた松下さんは暫く顔を下げて無言であったが、やがて顔をあげ、あなたのお話ご尤もだと思います。ご意見有難く拝聴致しましたと述べて頭を下げた。流石に松下さんは偉い、そして4年間色々考えた末、松下政経塾を自費で設立したのである。政経塾で学んだ人はその後各方面で心の籠った経営や政治を行っている。今回首相に就任した野田さんは政経塾の第一期生だとのこと、是非心のこもった政治を行って欲しい。民主党の議員達は種々雑多でそれをまとめるのは大変だと思う。すでに増税反対の声もある。しかし野田さんの考えをじっくり説明して野田イズムの政治をして欲しい。大変なことだが今は日本全体が大変、崖っぷちに居るのである。頑張って貰いたい。そして同じ様に崖っぷちに居る米国やEC諸国より早く立直るようにして頂きたいのである。私は震災復興のための増税賛成、生活を少し質素にするよう一家をあげて取り組むつもりである。

平成23年9月5日 記
 
(付記)これを書き終わった後、偶然テレビで松下政経塾のことが30分間放映された。政経塾出身の国会議員が現在20名以上居るとのことで、今回国土交通副大臣に就任した方は塾の第2期生とのことである。

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