東京木材問屋協同組合


文苑 随想


『歴史探訪』(85)

江戸川木材工業株式会社
常務取締役 清水 太郎

 最近、友人から渡辺京二著『逝きし世の面影』を借り読み始めました。五百頁を超える大冊で、まだ半分位しか読んでおりませんが、著作の主旨は、「日本の文明は幕末から明治にかけて、諸外国から大きな影響を受けて変貌を遂げたがこれは残念なことである、と云う前提で外国人の眼を通して見た旧き佳き時代の日本の姿を描写し、読者と郷愁を共有しよう。」という内容でありました。
 今回は欧米から渡来し、滞在した人達と共に当時の日本を探訪します。
 日本は1639年鎖国をし、長崎に築いた出島でオランダのみと交易をしておりました。米国からペリー提督率いる黒船が来航し、ハリスを領事として下田に着任させました。ハリス(1804-78)の有能な通訳として随行したヒュースケン(1832-61)は日記に次のように記しています。「いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩は本当にお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない。」
 日米修好通商条約が締結され、国中に尊皇攘夷、倒幕の嵐が吹き荒れました。1868年、徳川幕府は大政奉還し、明治維新を迎えます。私達の常識では、江戸時代、国がよく統治されていたのは、封建制度によって、士農工商という身分制度が確立し、徳川家を頂点として、全国に大名(親藩、譜代、外様)を適宜配置し、各藩は領民の末端に到るまで組織をうまく機能させていたからである、という認識を持っておりました。ところが、幕末に向って、磐石の体制にひびが入って参りました。近隣諸国が植民地化され、日本もこのように侵食されるのではないか、という危機意識が芽生えて来ます。江戸から遠く離れていた強大な外様の藩は、欧米諸国からの影響で近代化をはかり、これが原動力となってついに倒幕を成し遂げます。
 幕府から鉱山技師として招かれ、1862年来日したパンペリーは地域によって住民の状態に違いがある、と指摘しました。幕府直轄地の住民は豊かであるが、諸大名が支配する藩は、過酷な重税によって住民は不当に搾取されている、と見た。参勤交代制により、幕府の諸侯に対する窮乏化政策がこの違いを生んだ。収奪を緩やかにして領民の幸福を実質的に保障した幕府が慢性の財政難に陥り、領民の収奪を強めて富強化した西南諸藩によって幕府は倒された、とパンペリーは云っております。これは賛否両論あることでしょう。来日した殆んどの外国人が一様に驚いていることは、身分、老若を問わず、屈託のない住民の明るさであります。これは「第二章 陽気な人びと」の中で語られています。
 「第三章 簡素とゆたかさ」の中では、美しい田園風景を賛美しています。家屋は粗末で、家具は殆んどないが、合理的に夜具、食器を棚から出し入れして暮らしています。
 江戸の庶民の街に於いても、九尺 二間と云って、三坪(十平方米)が貸家の標準寸法でありました。欧米のように、寝室、居間、キッチン、客間がある住居と比べると貧弱に見えたことでしょう。日本では、絵画や置物、高級家具をこれ見よがしに飾り立てる人を成金趣味と云って軽蔑されることがあります。
 英語でbare roomと云えば家具が何も置いていない室のことですが、日本にはそのような言葉はありません。商家等裕福な家でも、装飾物、調度は少しだけ出して飾り、あとは収納して、季節によって使い分ける知恵を持っておりました。
 第四章は「親和と礼節」です。日本人が街頭や家屋内で交わす長々としたお辞儀、果てしもなくベラベラと喋っている様を見て驚いています。渡来した画家が描いた絵がありますが、武士同志が出会って互い用向きを伝えております。身分を問わず、日本人は礼節を重んじる風習がありましたが、今の日本はどうでしょうか。

 当時来日した人達は、日本は封建制度によって下層階級は搾取され、山野は荒れ、人々の心は荒んでいる、という先入観を持ってやって来ましたが、聞くと見るとは大違いであったことに驚き、以後親日家になった人も多いようです。阿片戦争で散々な目に遭って荒廃した中国の状態を見たり、聞いたりした後だけに、日本は素晴らしい国である、と感じたに違いありません。
 この後、第五章 雑多と充溢、第六章 労働と身体、第七章 自由と身分、第八章 裸体と性、・・・、第十四章 心の垣根へと読み進んで参ります。


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