東京木材問屋協同組合


文苑 随想

見たり,聞いたり,探ったり No.189

〜歴史探訪 一人旅〜
大分県竹田市「長湯温泉」へ

青木行雄

 おんせん県と言われる大分県は九州の北東部に位置する。豊の国と言われる大分県は自然も食も豊かだが温泉の源泉数は日本一で4,411ヶ所あって2位の鹿児島県は2,769ヶ所の1.6倍にあたる。ちなみに3位は静岡県で2,269ヶ所である。
 そして湧出量も日本一で毎分285,553ℓと言うすごい量であり、2位は北海道の243,192ℓと言われ、3位は鹿児島県の186,824ℓであると言う。
 このように大分県は源泉数、湧出量共に日本一で「おんせん県」と言われる所以である。
 ちなみに食の方ではシイタケは味も量も日本一、カボス日本一、それに海の食ではふぐにハモそれに関アジ、関サバはブランドで日本一うまい。
 そして観光コース案内として大分県は温泉エリアを6ヶ所に分けて、温泉観光客をお待ちしている。
 西から順に言うと、@日田・耶馬エリア、A宇佐・国東エリア、Bやまなみエリア、C別府湾エリア、D奥豊後エリア、E日豊海岸エリアの6ケ所である。

 今回の「長湯温泉」はD奥豊後エリアにあたり、宮崎県に隣接する竹田市の中にある。ちょっと交通の便はよくないが、昔は岡藩主の城下町内にあり、川沿いの露天風呂の歴史は古く、高原の開放感あふれる田舎らしい温泉である。
 湯の素晴らしさは、歌人・与謝野鉄幹や種田山頭火などが残した数々の詩を読めばよくわかるが、多くの文人墨客をうならせたと言う名湯であり、この度の「長湯温泉」の案内は大変満足で楽しんでいただける場所であると思う。

 この「長湯温泉」について
 泉質はそのまま書くと「炭酸水素温泉」、分かりやすくと言うと「ラムネ温泉」。
 日本一の炭酸泉「長湯温泉」を「これぞ、ラムネの湯だぜ」と世界に紹介したと言う、文豪「大仏次郎」先生が名付けの親。昭和9年の出来事である。それから80年以上今もこんこんと沸き続けている。
 九州で初めてこの長湯温泉が「源泉かけ流し」宣言したと言われる。

 源泉かけ流しとは
 湧き出したままの成分を損なわない源泉が、新鮮な状態のままで浴槽を満たしていることだそうである。
 長湯温泉旅館組合加盟の宿を見るとあまり大きな温泉街ではなく14宿ほどしかないがそれぞれ特長があって変化に富んでいる。
 今回の私の宿は「大丸旅館」だったが、ラムネ温泉館も経営していた。

 縁あって泊った、大丸旅館のラムネ温泉館の「温泉自慢」を紹介すると、この温泉旅館には2種類の温泉があり、「ラムネ温泉」と「にごり湯」である。
 大浴場露天と家族湯「高濃度天然炭酸泉」の名称である。入浴してしばらくすると、全身を銀色の泡が包む様子から名付けられたと言う。もちろん源泉かけ流し、世界的に見ても大変希少な温泉であると言われているようである。
 その炭酸ガス含有量は1380PPMと大変高い高い数値であり、花王の入浴剤バブの13倍ほどと言うから、すごく高いようだ。しかし、泉温は32℃と低いため、ミネラル温泉(にごり湯)との併用が必要となる。
 ラムネ温泉の主な効果は「血行促進」、「新陳代謝のアップ」などにより、血圧が下り、血管は弾力性を取り戻すと言う。そして、どこの温泉でもよく書かれている「神経痛、筋肉痛、五十肩、うちみ」等、20くらいの効果が期待できると書かれていた。

※ラムネ温泉館の建物。温泉街には似合わない建物だが、有名な建築家の設計による建物らしい。中に入ると男女別々の温泉がある。

※この全景がラムネ温泉館で、テントの部分が男性のラムネ湯露天風呂、ぬるい湯の為に長く湯につかるので長湯温泉と言うのか?

 案内が前後するが、大分駅から直行バスにて約1時間40分この長湯温泉の「道の駅ながゆ温泉観光案内所」と言うバス停に着いて下車する。いかにも田舎らしい商店街を通り川端に建つ「大丸旅館」に着いた。木造建築で質素だが、館内には東洋のロダンと呼ばれた朝倉文夫や南画家の祖、田能村竹田などの作品が展示され、なかなかの旅館であった。
 縁あってのことだから、もう少々この旅館について記して見ると、大丸旅館「テイの湯」は、昭和30年代の終わり、当時の長湯温泉は当館も含め、40℃にも届かないという低温と泉源の乱掘による全体的なガス圧の低下で自噴できない泉源が増加するという、2つの深刻な問題を抱えていた。そんなある日、当館の3代目女将「テイ」の夢枕に白髪の老人が現れ、隣の茶畑にすばらしい高熱泉が湧出するだろうと告げたと言う。息子の作平が、そのお告げに従うと、この温泉地としては最も深い90m、50℃という高熱泉の泉源を掘り当てたと言う。まさしく、テイの夢が実現したと言うのである。

 こんな旅館の裏の道路脇に当館が建てた歌碑が見つかった。
 与謝野鉄幹「芹川の湯の宿に来て 灯のもとに 秋を覚える 山の夕立」

※長湯温泉の街の風景。さすが夕方なのか、人けがなかった。夏休みが終わった後なのかも知れない。

※この旅館が「大丸旅館」。木造の2階建て。川面に面し、6月はホタルが、夏はセミが、秋は虫の声が。

 芹川の橋を渡ると「天満神社」があった。この温泉街を守る神社であろうか。舞殿の天井には見事な奉納絵が描かれており、動物の絵が多い。この絵にどんな深い意味があるのかわからないが、見ごたえのあるすばらしい絵に深々と見入る。
 橋を渡り右に行くと川端の川の中に露天風呂が見えてきた。「ガニ湯」である。カニに似た露天風呂で、入場無料の男女混浴で誰でも入れる川湯であるが、ガニ湯伝説があっておもしろいので記してみる。

「ガニ湯伝説」 
 昔、長湯温泉を流れる川にガニ(カニとも言う)がいた。ある日ガニは色白の美しい村の娘に一目ぼれをしてしまった。そして人間になって娘を嫁にしたいと思うようになった。
 たまたまそんなガニの切ない思いを知った川のほとりにある寺の僧が「寺の鐘を百聞けば人間に生まれ変われる」と言い聞かせた。
 そこで娘が湯浴みに来たとき僧が鐘をつき、ガニは川の中からこれを聞いていた。僧が鐘をつきながらふと娘に目をやると娘のあまりの美しさにこれまた一目ぼれ、鐘を九十九までついて「娘はオレがもらう」と言って娘に近づいたとたん、空がくもって大雨となり僧もガニも落雷にやられてしまいました。
 しばらくして川の水が引いたところ、川の中にガニの形をした大岩が現れ、無数の泡を伴った湯が湧き出したのです。以来、村人たちはこれを「ガニ湯」と呼ぶようになったとさ。

※天満神社。大丸旅館から橋を渡った所にあった。良く整備されており、温泉の御利益が伝わって来る。


※文面にも書いたが、舞殿の天井には無数の干支の絵が描かれており、見事であった。

※この天井が絵の面。カラーだと見事であることがはっきりわかる。干支の絵ですばらしい。もしこの温泉に来たら、見てほしい。

 こんな伝説が伝わっている「ガニ湯」。写真のようになかなか情緒があって、長湯温泉らしい伝説である。もちろん大雨で川の水が増水すると「ガニ湯」は見えなくなり水に隠れるが減水するともとの温湯に変わる。
 この「ガニ湯」を後に更に進むと「ガニ湯屋台村」があって、古い建物が都会にない温泉地らしい風情がある。さらに進むと記中の「ラムネ温泉館」があった。そして前説明の通りである。

 大分県竹田市は大分県西部にあたり、熊本県と宮崎県の県境にあり、「長湯温泉」は竹田市の北にあたるが山間部にある。温泉の歴史は300年以上で、豊後風土記や豊後国誌にその名を残す名湯で、世界屈指の炭酸泉としても世界的な注目を集める泉質であるという。
 与謝野晶子、徳富蘇峰、野口雨情、松尾武幸等々が訪れ、多くの歌を残している。
 そして余談だが、薬用入浴剤「きき湯」の製造者「ツムラ」(現在はバスクリン)という会社がこの長湯温泉の泉質を参考に研究開発を開始し、足かけ10年の開発期間をかけて商品化に成功した。それだけ、ここの炭酸泉に効能があってすばらしい泉質かを証明しているものと思われる。
 大分に行く機会があったら是非この「長湯温泉」にも立ち寄ってほしい。全身についた泡を両手でなでると一気に水面に上がって来る。さすが「ラムネ温泉」だと感心する。

※明治時代の「ガニ湯」の風景。女性が2人、ガニ湯のところにいて何か話し合っているようだ。

※現在の「ガニ湯」の風景。川の中にあって無料である。手前の橋の下に脱衣所がある。男女混浴で誰でも入浴できる。

※天風庵と書かれている。木造で古い建物。「ガニ湯屋台村」の場所にある。

平成27年10月12日 記


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