東京木材問屋協同組合
理事長挨拶

 

 ただ今、ご紹介を頂きました 理事長の吉条でございます。
 東京木材問屋協同組合、創立100周年記念式典を開催致しましたところ、石原東京都知事を始め、ご来賓の皆様には、公務ご多端の中ご臨席を仰ぎ、衷心よりお礼を申し上げます。
 関係各位、組合員の皆様には多数のご列席を頂きました。有難く感謝申し上げます。
 多くの先人が築かれたこの組合の生い立ちを簡単に申し上げ度いと存じます。
 徳川家康が江戸に幕府を開く為には、壮大な開発事業を支えるため大量の木材が必要でありました。
 関が原の合戦に勝利すると、家康は直ちに木曽地方の山林を幕府直轄の蔵(くら)入地(いりち)としました。更に木曽川の河川改修まで行って伐採した木材の大量輸送を可能に致しました。木曽の桧は専ら江戸城の建設に使用されましたが、この他、三河、遠江、駿府、さらに熊野などからも木材の供給が行われました。
 こうして木材と共に材木商が江戸に集まり、日本橋材木町は最初の木材業者の街となりました。江戸の大火や水運の便などから材木商は深川へ移転して、木材の街、深川木場が形成されました。
 当時、材木商は取り扱う木材の産地によって大きく三つの系統に分かれていました。
 木場材木問屋、板材木熊野問屋、川辺問屋であります。
 木場材木問屋は各地の木材を扱って居りました。板材木熊野問屋は熊野地方の木材を取り扱い、川辺問屋は関八州の木材を扱っていました。
 明治19年、東京府、高崎五六知事による府令で準則組合として認可されました。
 その後、近代国家として法整備が進み、重要物産同業組合法により明治39年、東京材木問屋同業組合が発足致しました。以後100年でございます。
 日本の木の文化は遠く弥生時代に遡ります。木材で造られた物見櫓等の遺構が発掘されています。
 世界最古の木造建築として現存する法隆寺は、1300年の年月を経て尚、美しい姿を保っています。私たちの祖先は木造建築を造る高度な技術を持っていました。
 この建築技術の粋を集めて造られたのが江戸城であります。
 近年の日本は「鉄は国家なり」という合言葉のもとに国造りを進めて参りましたが、江戸時代は「木は国家なり」であったと思われます。
 維新後、今日(こんにち)までの間には、関東大震災や東京大空襲により二度に亘って東京の市街地は壊滅的な被害を受けましたが、その都度 我が先人は、都市復興のための木材の供給を続けて参りました。
 戦後の復興期を過ぎて、高度経済成長の頃から業界を取り巻く環境は大きく変化致しました。
 住宅の工法、販売の多様化が進み、輸入材の量や品種の増大、科学技術の進歩による代替材の普及、プレカット技術の著しい発達などにより木材の流通経路の変化などが上げられます。
 これに加えて、情報化社会の進展は、木材の供給にもジャスト・イン・タイムが求められるようになり、これらに対応していく事が木材流通業界の発展に欠かせないものと思います。
 都市の建築に木材を使うことが非常に少なくなっている事は誠に残念であります。当組合は、百周年記念事業の一つとして、業界が昭和50年代に世紀の大移転を致しました新木場に新しい木材会館を建設する事になっています。内外装に木材を出来得る限り多く取り入れたモデル建築と致したいと考えています。会場入口に展示いたしましたパースは決定図面では有りませんが、木材を多く使うというコンセプトで設計をしています。この会館が、木材の良さをPRする拠点となることを願っています。
 先日、石原東京都知事のテレビを拝見いたしましたが、東京湾臨海部の埋立地に大きな森を造成するとの構想をご披露下さいました。また、緑の風の道を造りたいとの抱負を語られましたが大変感動いたしました。森の存在こそ、人間が生きる原点であります。豊かな森林の造成と、森林資源の循環を行っていくことが21世紀に生きる私たちの責務であると存じます。石原東京都知事の大英断に心から敬意を表します。
 昨今、人と環境に優しい木が見直されるようになって参りました。
 昭和44年に国産材の自給率が50%を割り込んで以来、自給率は低下する一方で一時期18%まで下落致しましたが昨年は20%を回復致しました。
 官民一体となって50%台回復を達成するよう努力しなければなりません。
 美しい国日本を実現するためには、何よりも我が国の森林を蘇らせる事が不可欠であります。
 我々木材流通業界も歴史の重みを充分に受け止めながら、21世紀の木材業界を切り拓いて行こうではありませんか。本日を木材需要拡大元年といたしましょう。
 結びになりましたが、ご列席賜りました皆様方の益々のご繁栄とご健勝をご祈念申し上げますとともに、当協同組合への変わらぬご支援、ご指導を賜りますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。

 







   

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