都立木場公園は、北・中・南地区 と分かれている 中地区は、仙台堀川北河岸と葛西橋通りまでの南河岸
中地区西端 末広橋南詰から木庭公園を望む(橋の欄干のデザインが末広という新扇橋の扇を若干似ている)
崎川橋より西方末広橋方面
木場公園大橋の竣工情報がないので、北地区の看板より推察するに平成4年(1992) 6月
中地区東端
崎川橋の道路があるが、その両側共 木場公園茂森橋際横断歩道橋上から
仙台堀川、葛西橋通りを跨ぐ人道橋「木場公園大橋」がある
木場公園大橋上から
世紀のイベント開催中の木場公園(北部 イベント広場)を望む
“木の日の集い”の のぼりが立ってますが
“木と暮しのふれあい展”です
地理院地図 Vector 1945~1950
木場公園(中)
木場公園大橋 の配置を航空写真で比べてみた
地理院地図 Vector 木場公園(中)
全く元の木場とは関係なく配置されていた
再開発したってこと
江東區詳細圖:東京都區分圖 1947
木場公園(中)
木場公園ができて、仙台堀川で廃橋となった橋はない
木場公園(南)から接続する水路、葛西橋通りに架かっていた扇森橋が埋め立て廃橋になっている
崎川橋の東方、二十間川のほとりには新たに入ってきた筏でふくそうし、大横川への通路をふさぐこともしばしばあった。写真は崎川橋から東方をみたところ。右側は大栄橋、前方は石住橋。(昭和49年1月26日撮影)
木場公園中地区東端看板
木挽きの胴割と川並。崎川橋から。(昭和49年4月撮影)
崎川橋から仙台堀川を南西方向に撮ったと思われる
仙台堀川 大横川(亥之堀川)交差
この先仙台堀は石住橋(大門通り 廃橋)まで暗渠、緑地だったが
現在ポンプ場?

ゆりか












