油堀川を埋めた北河岸の緑地公園に、元々あった公園出口(通路)両側に保育施設ができ、その道路の先に武田堀公園という鍵の手の行き止まりの堀の跡の公園があり、だれが何のために使っていたのか不明だったが、改修工事も洗ったので覗いてみた
油堀北河岸通り武田橋跡から首都高速高架下を望む奥に八幡堀遊歩道入口が見える
橋から河岸にできた保育施設(東西の建物)の間の空地は道路である
高架下から武田堀公園入口
明治四十年一月調査東京市深川區全圖 1907 武田橋
武田橋という橋が油堀北河岸通りに架かっていたらしい
昭和45年(1970)に公園として開園 カギ型の公園で、通りぬけ出来ない
入口の幅と奥の西に曲がった公園の幅は同じ、元々入堀だったころは奥が広かった

国際日本文化研究センター(日文研)所蔵地図
地理院地図 Vector (試験公開)
現在の公園の形(ピンク)
江東區詳細圖 東京都區分圖 1947
では、ちがう形態
まだ武田橋が架かっている
この航空写真では奥が東西共に延びている
ただし両方とも行き止まり
油堀の南には数矢小学校
八幡堀
油堀北岸は、震災前まで貯蔵地がいろいろあってそれぞれ河岸道路に橋が架かっていた

かずや







