永居橋跡油堀北河岸道路から鶴歩橋方向河岸を望む
永居橋の通りは、南は永代通りの先東富橋、北は福砂通りの先亀久橋
材木屋の南北のメインストリート
油堀北河岸は材木屋の倉庫だったが、ここから鶴歩橋まで緑道公園となっている
江東區詳細圖 東京都區分圖 1947 油堀川
永居橋から先が平久川、その策がよくわからん
組合月報「温故知新」 其のⅧ・達磨船

永居橋から西方を望む。前方に見えるのが和倉橋。
ここも埋め立てられ、工事中のブルドーザーやクレーン車がうなりをたてている。
(昭和48年10月1日撮影)
永居橋から平久川方面
油堀川は埋め立てられたので、平久川護岸は閉じられている
平久川に架かる鶴歩橋の南が油堀川交差
永居橋から油堀川をみる。すでに埋め立てられた(昭和16年撮影)
左奥に平久川がちらっと見える
== 平久川を渡るすべがないので、鶴歩橋で対岸に渡る ==
北河岸は緑地だったのを保育施設などに転用しているが、鶴歩橋から元木材倉庫が緑地になっている(鶴歩橋の東詰の緑地は工事の為バリケードで覆われていた、写真は島田橋の角)
平久川の向こう、島田橋跡から振り返って平久橋護岸
そして東支川方面で、首都高9号線高架下の歩行者専用道はおしまい(といっても駐車場になっている)
この先に一つ河岸通りと橋があった
鶴島橋から(西支川)木場橋を望む
(昭和49年3月撮影)

なんと1968年に日本テレビ系で放送された日本のテレビドラマ「丸太と包丁」(全13話)のロケ地巡りをしている方(HN:akochi,ameba)のブログがあった、20133月の記事 木場が舞台だったようで情報量がすごい
油堀川は東支川(木場親水公園)までで、
河岸の道も鶴島橋も跡形もなくなっていた
東支川の先は名前がわからない掘(貯木場)が、三つ目通り繁栄橋の先、木場公園内まで続いていたが
首都高9号線木場出口でなにがなんやら
三つ目通りを渡って首都高9号線木場出口、左は木場橋の通り
木場公園の繁栄橋東詰跡の歩道にでっかい石が転がっている、何かの遺跡として?

八郎左衛門









