東京営林署 豊住貯木場、
現在は東京営林署庁舎と豊住公園に生まれ変わっている(昭和30年10月撮影)
埋め立て準備で丸太がない
木場の移転より早い時期に埋め立てられたので、あまり貯木場の資料がない
地理院地図 Vector 1945~1950 豊住貯木場周辺
横十間川の北、葛西橋通りの南、大門通りの東が、豊住公園となったところ
大門通りの西が、庁舎で、現在 林野庁共済組合_東陽宿舎, 関東森林管理局_東陽共同宿舎, トミンハイム, 高齢者総合福祉センター, 分譲マンション、隣が鹿島イースト21 となっている
大横川、横十間川とは、河岸通りで縁が切れている
丸太搬入は、仙台堀から三つの掘割を使っていた(エビなし)
国際日本文化研究センター 所蔵地図
江東區詳細圖:東京都區分圖 1947 深川豊住町
仙台堀(二十間堀)から掘割が3本、茂森橋の脇に1本、石住橋と千田橋の間に、2本の掘割が、豊住貯木場に接続していた
地図では横十間川からの運河接続はわからない
ココが何だったのかというと、
明治25年(1892)の地図では 海軍造船局盤材団場
明治40年(1907) では 御料局出張所貯材所(皇室財産である「御料林」から伐採された木材を管理・貯蔵するために各地に設置された施設)
明治43年(1910) ではまた 艦材置場 このあたりで 海軍堀と呼ばれる
大正11年(1922) 帝室林野管理局出張所
昭和35年(1960) 豊住町公園(東京都水道局豊住給水所)
※豊住貯木場は 海軍堀、木場(大横川.亥之堀 茂森橋の南)に海軍堀橋というのがあって、その堀は西海軍堀と呼ばれていた(木場公園 南の冒険広場辺り)
1947の地図に 仙台堀,千田橋の南、福砂通り(葛西橋通り)に 海軍橋
(橋があったころの住宅地図もなく、ほかの2本の橋の資料がない)
特別区協議会 / 特別区自治デジタルアーカイブ
大東京区分図三十五区之内深川区詳細図 昭和10年(1935) 豊住町
震災後 福砂通りが出来てからで、橋名の入った一番古い地図でも
海軍橋 しか記載されてなかった
まあ由緒正しい 貯木場であったことに間違いない
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大門通り西は、豊住給水所となって、
上部はテニスコートになっている
昭和39年(1964)6月20日
横十間川 平住橋(大門通り)から北西を望む
大門通りを北上
昔から給水所の屋上がテニスコートになっていて、ガキンチョにはイマイチな公園
葛西橋通り豊住公園前交差点西側が、豊住公園
豊住公園前交差点 東側が、トミンハイツのある官舎群となっている
旧深川豊住町(現東陽6丁目)の地名から、豊住橋がちょっと離れた四ツ目通りの仙台堀に架かっている
江東区役所は深川豊住三丁目

深川十万坪







