検索
東陽

洲崎川 洲崎球場

 

洲崎緑道公園の終点から、四ツ目通り, 明治通りまでの洲崎川の跡は、路地を残して埋め立てられビルが建っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洲崎弁天から四ツ目通りに出る、そして通りを渡って洲崎川跡の道路に入る
ここに架かっていた橋は”東陽橋”、廃橋になって南の汐浜運河に架かる橋の名前に使われている

洲崎川の幅員にこの道路とビルがあるのでビルの奥行きが均一

洲崎弁天の’歴史文化展”みたいのを覗いたときに(何だったのかは不明、まさか本?)写メった写真らしい、画質をここまでいじったが、ボケボケ
今どきCDついているパソコンはないので、わざわざ外付けのCDドライブを買ったのに
出展不明ながら たぶん江東区の写真だし許されるだろう

東陽橋、先は四ツ目通り

 

江東,城東区境の道路、北は横十間川まで続いている
(横十間川が深川と、旧南葛飾郡 城東区,亀戸,大島,砂町との境界)

ここに架かっていたのは”中新橋”

右手 駐車場に護岸痕跡のようなものが見えるが、
洲崎川の物ではない

 

 

 

川の痕跡の道路は、空き地で行き止まり
左は汽車会社まで堀割があった

その掘割を埋めて道路化して橋を架けた”酒井橋”

 

汽車会社に水面があり、そこに行く永代通りに 稲荷橋 があった、洲崎川からの堀を埋めたときに廃橋
(永代通りが盛り上げっている痕跡のみ)

汽車会社の西、明治通りに架かる橋は 日曹橋

 

川の痕跡は締め切られ草ボーボー

運転免許試験場の通り左に行く

 

 

 

 

 

 

洲崎球場跡 の記念碑が、運転免許センターの先
第九機動隊のまん前にあった

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都區分地圖:新23区制 1949 洲崎川

この古地図をみると、洲崎球場の文字が
話では聞いていたが、どこにあったのわからなかったが、洲崎川の南、江東運転試験場の向かいぐらいの様
さらに古い地図では競馬場

 

 

洲崎球場

 

NPB 【球跡巡り・第38回】初の日本一決定戦の舞台 洲崎球場 によると「伝統の一戦(巨人・阪神)誕生の地」と記された記念碑が建てられていました。とか、もう無いのかもしれないが、免許更新の際に見て回るか

Wikipedia 洲崎球場 によると、
起工:1936年8月24日, 開場:1936年10月14日

 

 


 

 

第九機動隊の角を曲がると、踏切がある

当然洲崎川に架かっていた橋梁があるだろうと
近くに行ったらやはりあった

JR貨物越中島線洲崎川橋梁(名前は適当です)

 

この先明治通り(日曹場)

 

 

 

明治通り、旧日曹橋跡西詰はコンビニが

通りの向こう、東詰は歩行者専用道となっていた

 

※旧日曹橋跡というものはない?

 

 

 

 

 

 

八郎左衛門

エリアカテゴリ

戻る