江東區詳細圖:東京都區分圖 1947 亥之堀
家康が江戸に国替えの天正18年(1590)、
小名木四郎兵衛に命じ小名木川開削、寛永6年(1629年)には拡幅工事もおわり小名木川は塩の川として完成、
万治2年(1659)小名木川北部開発で北十間川, 横十間川, 横川の開削その横川が大横川大横川は小名木川を南限として幕府から開削を命じられている
小名木川より南はのちに亥之堀川として開削された
関東の各河川流域から出る材木は川辺材といわれ、紀州材とともに江戸では重要な役割を果たした。
川辺材は明治の初期はもちろん、大正に入っても筏で運ばれてきたという。
角、丸太材は山筏または草筏といってツルでしばった筏を組み、羽柄はその上に上木(うわこ)として積むのが通例であった。木場につくまでに数日を要したため、筏の上に寝泊まりできるように丸屋根の小屋をもうけた。
亥の堀川は川辺材を移入する重要な水路であった。写真は大栄橋から北方を見る。
(昭和49年1月25日撮影) 昭和50年 深川木場
前方の橋は、福寿橋(現在と色が違うが)
葛西橋通り茂森橋際横断歩道上から大横川を見る、
仙台堀ポンプ所が見える 崎川橋南詰木場公園(中)より大栄橋
大栄橋は、仙台堀川北河岸道路に架かっている
大栄橋から福寿橋 を望む福寿橋東詰から西を見ると
木場公園徒称池口
大横川。福寿橋から南方を望む。前方は大栄橋。(昭和49年3月15日撮影)
三石橋、東河岸道路河岸
三石橋は美術館通りに架かる橋
三石橋西詰より東南方向
1956 木場木材沿革史
三石橋下で 平成9年発行 木場 東京木材同友会
三石橋から亥之堀橋を望む
亥之堀橋西詰より大横川西岸を望む
亥之堀橋は江戸資料館通り(旧区役所通り)
亥之堀橋から扇橋
扇橋
亥の堀川は元禄8年(1695)に開渠(かいきょ)され、それがちょうど乙亥の年であったことから、亥の堀と名付けられたと言われている。写真は東南詰めからみた扇橋。
扇橋から北方を見ると小名木川接続、
亥之堀川はここまで先に見えるのは大横川猿江橋
扇橋は清洲橋通りに架かる橋
この先東方に横十間川岩井橋
そこから境川を埋め立てて清洲橋通りができた
新高橋で小名木川を渡って大横川護岸遊歩道から小名木川接続点を見る
右手(南)亥之堀川終点、扇橋
左(東)は、小名木川に架かる新扇橋 [木材よもやま話], [橋巡り(橋梁カード)]、
その先扇橋閘門

八郎左衛門




















