仙台堀川 仙台堀川の名称は、下流の清澄町に仙台藩守松平陸奥守の蔵屋敷があったことから「仙台」の名をとったと言われている。
仙台堀川は、木場にとっては重要な水路。いわば水路の「銀座通り」といった所で、木場の光景をいかんなく発揮している。しかし、この仙台堀川も亀久橋から下流は近い将来埋め立てられ、こうした光景は見られなくなる。写真は末広橋から西方を望む。前方は亀久橋。(昭和49年1月28日撮影) 昭和50年深川木場
亀久橋から東方を望む(昭和49年3月20日撮影)
木場公園方面、三つ目通り末広橋が見える
同じ画角で
度重なる護岸改修, 耐震化で幅員は相当狭くなった
その分両岸が遊歩道,緑地となっている
亀久橋 江戸時代の古地図にも載っていて、道は変わるが 仙台堀, 亀久橋は必ず書いてある
頻繁にに改修,塗替工事をしている、ドラマの撮影など頻繫に行われている [木材よもやま話], [橋巡り(橋梁カード)]
本所深川繪圖 1858 仙台堀 上之橋~崎川橋
江東區詳細圖:東京都區分圖 1947 仙台堀川亀久橋ー末広橋
三つ目通りは江戸時代にはなかったので末広橋は割と新しい古地図にならないと載っていない
福砂通り大和橋北詰めから亀久橋を見る(昭和48年8月18日撮影)
大和橋は平久川に架かる橋、仙台堀との接続点に架かっている
護岸がせり出したせいか被写界深度がそろわない、が同画角
江戸時代からあった福富川(吉岡橋), 大島川西支川(要橋)は
埋め立てられ、橋は廃橋、親水公園となっている
仙台堀川 福砂通り要橋東北詰めから西方を望む(昭和47年6月撮影)
ちょっと福富川は見えないか
舟に曳かれていく筏、仙台堀川にて(昭和49年1月25日撮影)
昭和50年深川木場
先に見えるのは三つ目通りに架かっていた末広橋

ひらの甚四郎長久









